第169話 空中給油

「攻撃成功、おめでとうございます」


 飛天のブリッジに戻ってきた忠弥を飛天の艦長草鹿中佐がが迎えた。


「ありがとう」

「しかし、驚きましたよ。本艦からホースを伸ばして給油するとは」

「空中給油な何度も訓練していただろう」

「実戦で行うのとは違います」


 空中給油の歴史は長く第一次大戦の後に実験が行われ成功している。

 上空からホースを垂らし受け取るという現代に近い方法だったが、技術が不十分で飛行士がホースを給油口に繋げる必要があり、単座では不可能だった。

 そして航空機の航続性能が伸びたことから、廃れていった。

 空中給油の技術が再び注目されるのは第二次大戦後、ジェット機の時代になり燃料を大量消費するようになるようになったのと、自動操縦装置によりパイロットの負担が少なくなった――オートパイロットにしたまま眠れるほどの信頼性を得られてからだ。

 忠弥はその歴史を知っており、ホースの先を漏斗状にして垂らし、飛行機側の筒をその中に入れるプローブアンドドローグ方式を開発して飛天を給油側としてドローグ――ホースを搭載させ、疾鷹の上翼右先端に付けた筒――プローブで突き刺し、燃料を通している。

 カルタゴニアへの攻撃を終えた後、忠弥はベルケの反撃を警戒して着艦せず空中給油を受けて待機していたのだ。

 燃料が再び満タンになっていた忠弥は全速力でベルケ達を追い回し、追い払った。

 勿論、欠点はあり、補給できるのは燃料のみ。弾薬を消耗できないので攻撃時にベルケへの銃撃を控えたほどだ。

 もう一つの欠点はエンジンを連続稼働させるため、エンジンが長時間運転に耐えられること、潤滑油が空にならないように気をつけなければならないことだ。


「しかし、敵飛行船を撃破出来なくて残念ですな」

「確かにな。だが、目的の半分は達成した」

「そうでしょうか」

「ああ、カルタゴニアを追い払えたのは予定通りだ。当初の目的通りベルケ達の飛行船母艦と通商破壊艦を見つけよう」


 忠弥の目的はベルケ達を支援する飛行船母艦を見つけて拿捕あるいは撃破することだ。

 機動力に優れる飛行船だが、燃料や消耗品の補充、エンジンや船体の整備などの支援が無ければ、その性能を発揮できない。

 ベルケが、自由自在にカルタゴニア大陸各地の植民地を行き来できたのは支援あってのことだ。

 本国に帰って整備を受けているのではと考えたが、不時着した敵パイロットを尋問した結果、補給船アルバトロスと拿捕された飛行船母艦の存在を知った忠弥は、この支援部隊を撃破することにした。


「商船を襲撃したんだ。近くに通商破壊に従事している母艦が居るはずだ」

「探し出すんだ」

「了解、再整備の出来た機から索敵に回します」




「我々の母艦が捕まったか」


 翌日、もたらされた報告にベルケは肩を落とした。

 近隣を航行していた母艦が哨戒中の王国艦隊に見つかり拿捕された。

 元は皇国の艦船だが飛行船支援能力のある貴重な手駒であり、奪われたのは大きな痛手だ。

 忠弥の目的は母船を見つけ出して拿捕もしくは撃沈することであり、ベルケの支援組織を破壊することだった。

 支援が無くなった状況ではこれまでのような航空機を全力出撃させるような作戦行動は出来ない。

 攻撃には大量の燃料爆弾が必要なのだ。

 補給用の飛行船もあるが、搭載量はせいぜい一〇〇トン程度。一〇〇〇トン以上積み込める船舶とは比べものにならないくらい小さい。

 しかも既に二隻失っており、補給は先細るばかりだ。

 そして忠弥の追撃と連合軍の増強で、行動できる範囲は狭まり、各地の植民地軍は包囲され、一部は降伏してしまった。

 こうやって拠点や補給手段を奪っていくのも忠弥の作戦の内だろうとベルケは推測し、それは事実であった。

 ベルケが広範囲で活動でき、自在に戦果を挙げているなら、その支援組織と拠点を奪えばよい。飛行場適地を優先的に占領、自分の飛行場にすることでベルケや植民地軍の動きを制限していき、制空権を得た連合軍は帝国植民地軍相手に優勢に戦った。

 残されたのは南東領で抵抗するフォルベック将軍の部隊だけだ。

 その部隊も、追い詰められている。


「隊長、本国よりフォルベック将軍の支援命令が下りました」

「そうか」


 最悪の命令が下り、ベルケはうんざりした気分だった。

 敵が待ち構えているであろう空域に向かうなど危険すぎる。

 自由に行動してこそ今までの戦果はあった。

 だが、海外で唯一活躍している南東領のフォルベック将軍を見捨てれば国民の士気はだだ下がりになる。

 彼らが降伏しないよう、いや降伏までの僅かな時間稼ぎを行うために自分たちの飛行船部隊を危険にさらすのは心苦しかった。


「何とか奇襲できませんかね」

「無理だね」


 エーペンシュタインの意見をベルケは却下した。

 フォルベック将軍の部隊は中立国ルシタニア領に面した国境付近に居る。

 中立国があるため背後に回り込まれる事は無いが、逃げ道もない。

 そして中立国を侵犯する訳にいかないから侵入できる進路も限られているため、待ち伏せされている。

 フォルベック将軍の部隊の周辺には連合軍の飛行場が出来て待ち構えているだろうし、忠弥の飛行船部隊も来ているだろう。


「しかし命令に逆らうわけにはいかないか」

「……」


 ベルケの呟きにエーペンシュタインは沈痛な沈黙で返した。


「各艦に集結命令を出してくれ。フォルベック将軍の救援に向かう」

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