第165話 柔軟なベルケ

「やっぱり、風呂に入るのは良いね」


 皇国海軍飛行船母艦沖ノ島の中に設けられた風呂に入った忠弥は、湯船の中に溶けるような声を出す。

 好きな空を飛んでいても疲れというのは蓄積される。

 飛んでいる間はフライハイになっているが降りるとどっと疲れが出てくる。

 しかも飛行船任務部隊の指揮官として、指揮指導したり、処理しなければならない決裁の書類があったりする。

 他にも空軍の運営にも助言しなければならない。

 忠弥には疲れが溜まっていた。

 だから、飛行船の補給作業、整備作業が終わるまで休むように昴から言われていた。

 最初、忠弥は反発したが、判断を誤れば部隊全員が危険にさらされると言う、昴の断固とした口調で受け入れられず、風呂に入れられた。

 だが入れられると非常に気持ちよかった。


「あーさっぱりした」


 すっきりした気分で忠弥は風呂から出ると、あてがわれた部屋に戻ろうとした。


「それで状況は?」


 だが作戦室から漏れてきた声が気になり、足を向けてしまった。


「各地の航空部隊が奇襲を受けて、劣勢に立っています」

「商船が外洋で飛行機と接触したという報告が入りました」

「味方の植民地にある基地が奇襲攻撃を受けました」

「なんてことなのよ」


 次々と入る悲報に昴は頭を抱えていた。


「どうしたんだい?」


 忠弥は見ていられず、話しかけた。


「あ、忠弥……ゴメン、休んでって言っていたのに。対応できなくて」

「そんなことより、何が起きているんだい?」

「各地で帝国軍の航空部隊が暴れ回っているの。主に西領と南西領なんだけど、連合軍の基地も同時に航空奇襲されているの」

「機数は分かる?」

「数十機に奇襲されたとか電文ではあるけど、改めて聞き取ったり被害状況を聞く限り十機前後だと思う」

「単艦によるヒットアンドラン作戦か」


 太平洋戦争の初期、劣勢だったアメリカ海軍は生き残った空母を一隻ずつ任務部隊を作って太平洋各地の日本軍基地を奇襲攻撃した。

 被害は小さかったが、一方的に攻撃を受け続け、開戦以来連戦連勝を続けた日本海軍首脳を苛立たせ、一挙に米空母を撃滅する作戦を立てる。

 それで実行されたのがミッドウェー作戦だったが、逆に空母を失う大敗北となってしまった。

 忠弥はそのことを念頭に対応策を考え始めた。


「連中の目的は僕たちの動揺を誘うことだ」

「そうみたいね。でも、敵の攻撃範囲が広いの。俺までは帝国の植民地だけだったのに連合軍の植民地まで攻撃を仕掛けているわ」


 襲撃を受けたのは帝国領の連合軍侵攻部隊だけでなく彼らが出撃した連合軍の植民地の基地、果ては陸から遙か遠くにいる商船にまで及んでいた。

 特に基地は空襲を受けたことが無く、弾薬や燃料の備蓄所を爆撃され、大炎上していた。

 荷揚げ用のクレーンなども攻撃され、補給能力に支障が出始めている。


「空中で発艦できるようにしているのか」


 海軍に運用を任せている飛行船母艦の一隻が消息不明と忠弥は聞いていた。

 もし帝国に拿捕されたとしたら解析されて発着艦装置を作られてしまう。

 ベルケの場合、母艦に交換用の予備として載っている現物を、そのまま取り付ける事さえしてしまうだろう。

 これまで、捕らえた敵のパイロットを尋問した結果、帝国の飛行船は発艦機能が無く、地上に降ろして自力滑走させて発進させていた。

 そのため、自軍が確保した領域、滑走路を確保できる場所でしか運用できず、帝国の植民地領周辺しか出撃してこなかった。

 それだけに航続範囲外への航空攻撃は文字通り奇襲であり、被害は大きかった。

 特に心理的被害と再度の奇襲防止のために警戒のための戦力を送り込まなければならないことが一番厄介だった。


「飛行船の数も増えているかもしれないわね」

「あり得るけど、多分違う。帝国領の近くは確保した飛行場から飛行機を降ろして自力で飛ばしているんだと思う」


 陸上から飛べる範囲からわざわざ飛行船から出撃させる必要は無い。

 予め陸上の味方飛行場に飛行機を送り込んでおいて、そこから攻撃を仕掛ければ良いのだ。

 忠弥は帝国の支配地域と帝国戦闘機の航続距離を地図上に記入し、それ以外の攻撃された場所の日時を記入した。


「今ベルケの元に居る発艦可能な飛行船は三隻だけだ。この飛行船を撃破するか行動不能にすればよい」

「それでどうするの?」

「帝国軍植民地への攻撃を続行させる。地上部隊に叩き続けさせて行動不能にする。それと、こちらからも攻撃を行う」

「どうやって?」

「こちらも機動力を利用するんだ。敵の弱点を攻める」

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