第135話 空の守護女神

「また町に爆撃して逃げるつもり」


 昴の血の気が引いた。

 性能の上がった飛行船三隻が大量の爆弾を落としたら、町の中心部は、壊滅。

 あのデパートの建物は今度こそ完全に消滅してしまう。


「させない!」


 昴は再び攻撃するが、機関銃は途中で沈黙する。


「弾切れ!」


 搭載していた弾を全て打ち尽くしてしまった。


「何でこんな時に」


 飛行船はなおも接近していく。

 なのに攻撃手段がない。

 ジョン・クラークとの約束が果たせない。


「……いえ、一つあるわ」


 昴は乗機の高度を下げて、飛行船と高度を合わせて併走する。


「何をしているんだ昴は」


 上空で式を取っていたあ忠弥が昴の行動を訝しむ。

 昴は飛行船を追い抜くと、飛行船に向かって進路を変更した。

 無防備に接近してくる昴に向かって三隻から弾幕が浴びせられる。


「無茶な、そんなことしたって……」


 無数の銃弾が向かってくる中、昴は先頭を進む飛行船に向かって接近する。


「まさか……」


 忠弥は最悪の手段が頭の中をよぎる。

 そして予感が事実であるように昴は飛行船に接近していく、回避行動さえ取らない。


「止めろ! 昴!」


 無線で叫ぶも昴は突進を止めない。

 飛行船は近づくと昴は、操縦桿を倒し、機体を横転させて、上下を反転させた。

 頭上に地面を見ながらも昴は突進を止めない。

 ぶれる機体を修正し、照準環の中に飛行船の中心が留まるように繊細な操縦を防御射撃の雨の中、一直線に突っ込む。

 そして、激突する寸前、昴は操縦席から飛び出し、頭上にある地面に向かって飛び降りた。

 昴の乗機が飛行船に突入したのは、その二秒後だった。

 皇国の主力戦闘機は全長七メートル、全幅九メートル、全備重量七〇〇キロ、自重五〇〇キロだ。

 戦闘で燃料を消費して多少軽くなっていたがそれでも六〇〇キロもある機体は飛行船の薄い布を切り裂き内部に入り込んだ。

 そして硬式飛行船の特徴であるアルミの骨組みに激突し、互いを激しく変形させた。

 これだけでも甚大な被害だった致命的なダメージが直後に発生する。

 自重と全備重量の差である二〇〇キロが燃料弾薬の搭載量だが、その大半が燃料だ。

 戦闘の為に消費していたが、昴の機体には一〇〇キロほどの航空燃料――ガソリンが残っていた。

 衝突の衝撃で燃料タンクが壊れ、内部の燃料が飛行船の気室の中に散乱した。

 ガソリンはすぐさま蒸発し、飛行船の水素と混ざり合い過熱していたエンジン、激突によって生じた火花などによって一瞬にして着火温度に到達する。

 そして、飛行機の突入により三〇口径機銃とは比べものにならないくらい巨大な破口が出来ており、外気が入り込み中の酸素が水素と気化したガソリンと混ざり合う。

 燃料、酸素、火種。

 燃焼に必要な三要素が揃い、飛行船の気室は大炎上した。

 火は一瞬にして大火災となり巨大な炎を上げる。

 周囲の気室へも熱が伝わり、炎が布を燃やしてボロボロにして外気を入れ水素と混ざり燃焼、火災の範囲を広げていく。

 飛行船は一瞬にして火だるまとなる。

 船長と乗員が必死の消火作業を行うが無理だった。

 態勢を整えようとしても飛行船は徐々に行動を落として行き、やがて地上に墜落した。

 仲間の飛行船が落とされたのと、体当たり攻撃を見た他の飛行船は残りの戦闘機が突っ込んでくるのを恐れ、その場で爆弾を投棄。旋回し高度と速力を上げ海に向かって、帝国の基地に向かって逃げていった。




「やった!」


 一隻が墜落し、残り二隻も逃げ出したのを見てパラシュートで降下中の昴は歓声を上げた。

 体当たりしても脱出できるように機体を上下逆さまにしてするりと逃げ出せるようにしてパラシュートで降りられるようにしていたのだ。

 パラシュート降下という逃げ出すときの訓練など撃墜されることを前提にした訓練など昴を初め多くのパイロットには不人気な訓練だったが、忠弥が断固として導入を主張、訓練を修了していないパイロットは戦闘機に乗せないと宣言したため、渋々行った。

 今それが役に立って忠弥は正しかったのだと改めて昴は思った。


「おうっ」


 地面に無事に降りた昴だったがパラシュートの布が上から降ってきて包み込んだ。


「ちょっと、出口どこよ」


 布の中でもがいた後、ようやく外に出られた昴だったが、目の前にあったのは、わら束を積み上げるのに使うフォークだった。


「一寸、何するのよ」

「五月蠅い! この帝国野郎!」


 フォークを持った農民達は昴を囲んで言う。


「俺たちの国に爆弾を落としやがって殺してやる」


 空襲を受けた農民達は殺気立っていた。


「あたしの何処が野郎なのよ!」


 昴は飛行帽を脱ぐと長い髪を風にそよがせた。


「私は皇国空軍少佐、島津昴、夜空に輝く星、昴から名付けられたのよ」


 フォークを向けられつつも昴は堂々と空に向かって指を指しながら言う。


「も、もしかして、有人飛行を成功させた昴さん?」


 農民の一人が尋ねてきた。


「そうよ。人類初じゃ無くて女性初だけど」


 謙遜するように昴が言う。

 有名人の名前を聞いて農民の敵意がなくなった。

「待ってくれ」


 そのうち、飛行船に突っ込んだのを見た人が出てきて昴の誤解は解けた。

 話が広がると、農民が昴を見る目が明らかに変わった。


「女神様だ! 私たちを守ってくれた女神様だ」

「え! ちょっと」

「皆! 女神様をたたえよう」

「おおうっっ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 昴は止めようとしたが、農民達の歓喜を抑えることは出来なかった。

 手出しの出来ない空から爆弾を降らせる恐怖の飛行船を女一人で鉄槌を浴びせた昴は女神に等しかった。

 農民達の喜びようは激しく軍の自動車が駆けつけるまで昴は農民達の歓迎を受けた。

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