第136話 対抗手段を探す

「何をやっているんだ!」


 宿舎である城に戻ってきた昴に浴びせられたのは、農民達と違って怒りに震えていた忠弥の怒鳴り声だった。


「どうしてあんな事をしたんだ!」


 忠弥の態度に昴は怒った。


「ああでもしないと飛行船は落ちないでしょう! そのままにしていたら、また爆弾が落とされて街が破壊されていたかもしれないのよ」

「だからって体当たりなんかするな!」

「街が破壊されても良いの!」

「そういうことを言っているんじゃない! 一歩間違えば死ぬかもしれなかったんだぞ」

「戦争で人が死ぬのは当たり前でしょう。私は自分だけが特別では無いと思っているわ」

「そうじゃなくて」

「二人とも落ち着いてください!」


 ロバート・サイクスが間に入り、二人を離す。


「兎に角、落ち着いてください。いがみ合っていても敵は来るのですよ」

「そうだが」

「少なくとも撃墜方法が確立できたのは良かったです」

「ダメだ!」


 サイクスの言葉に忠弥は大きな声を出して否定する。


「体当たりなんてダメだ!」


 日本では太平洋戦争の時、戦局打開のため体当たり攻撃隊が編制され敵に向かって必死の攻撃が行われた。

 主に艦艇攻撃を行った神風特別攻撃隊が有名だが、高高度を飛ぶB29を撃墜するために陸軍ではB29への体当たり攻撃隊、震天制空隊が編成され攻撃に加わっている。

 そのことを思い出してしまい、忠弥は激しく否定していた。


「ですが他に手がないのも確かです」

「何を言っているんだ……まさか」


 忠弥はサイクスの目を見て、気がつきサイクスも静かに頷き決意を述べた。


「他に有効な方法が無ければ我々王国軍航空部隊は体当たりも辞しません」

「無謀だ!」

「ですが現状では最も有効です」


 第一次大戦でも飛行船を撃墜できなかった英国軍航空部隊が体当たりを敢行して撃墜した事例はある。

 当然危険なので忠弥は止めさせたかった。

 しかし他に手立てがないのも事実であり、また襲来した時、昴以外の血気盛んな誰かが体当たりをしかねない状況だった。




「畜生」


 城の居間にある暖炉の前で忠弥は悩んでいた。

 いったん解散させたものの、現状は悪い

 飛行船への有効な対抗手段が体当たり以外にないため、このままではサイクス以下の王国のパイロット達は体当たりを決行しかねない。

 皇国のパイロットも昴の行動を見て、救援に駆けつけたのだからなんとしても守らなければと言う思いを抱いてしまっており、勝手に体当たりを行いかねない。


「なんとかしないと」

「リーダーが深刻な顔をするものではないぞ」


 その時、忠弥の耳に男性の声が響いた。

 周りを見ても誰もいない。


「何やら悩み事あが有るようだね」


 暖炉の一角が開き、そこから城の主であるフィリップ・サイクスが現れた。


「……そういうのが好きなのですね」

「何故、このような抜け穴を先祖が掘ったか分かるかね?」

「お遊びのためですか」


 呆れるように忠弥は言うが、フィリップは笑顔を崩さず、朗らかに言った。


「我がサイクス家は常に領民を守り、統治する事で領主としての地位を確立していた。そのために、時に敵の侵略を撃退するために戦争を行い不利な時には籠城した。その時も常に領民や配下の騎士を鼓舞した。何故出来たか分かるかね?」

「領主の勤めだからですか?」

「それもあるが、この抜け穴があるからだよ」


 笑顔のままだが、真摯なオーラを放ちながらフィリップは言った。


「万が一の時、逃れられるよう、あるいは味方と通信が取れるように最後の手段として抜け穴を用意していた。まだ他に手がある、と自分に言い聞かせることで心の余裕を得て、不安を抑え込み、堂々としていられたのだ」

「なるほど」


 心の余裕がないのは不健全だ。

 コロナに掛かった時は航空会社への就職が全てダメになり落ち込んでいた。

 何をする気もおきず、ただ病状が悪化していくのを受け入れただけだった。


「そして王国民はいかなる時も、いや逆境の時だからこそ笑って試練に耐える精神が必要なのだ。その意味で息子は少し堅いな。むしろジョン・クラークの方が良い。若いこともあり未熟なところがあるが、逆境を笑いに変え乗り切ろうとする心は、正に王国民であり領主としても誇りに思う」


 昴が守ろうとした少年の事を忠弥は思い出した。

 確かに、爆撃で出来たデパートの破孔を入り口と称する姿は、笑いと共に不屈とみて良い。


「君は少し余裕がない。少し遊んだらどうだね」

「うーん、しかし、今後の事を考えると」

「君も堅いな。では少し、老人の話に付き合い給え」


 そう言ってフィリップは忠弥を連れて奥の部屋に向かった。


「凄い」


 騎士の時代からつい最近の戦争で使われた兵器まで置かれた部屋だった。

 壁には剣、弓、弩、フリントロック銃、盾、ランスが飾られ、床にも甲冑や、果ては大砲まであった。


「初代サイクス当主から代々使われた武器だ。蛮族を平定し、北の海賊共を撃退し、大洋に乗り出して植民地を得、諸国民戦争で独裁者を打ち倒した歴史と栄光の証拠だ」


 フィリップは目を輝かせながら言う。


「厳しい時代もあったが、こうして飾られているからこそ我がサイクス家は繁栄しているという証拠でもある。今は厳しい時代だが、やがて歴史の一部となり、今日の武器も飾られる。まあ、飛行機はでかすぎて入れられない、模型にするしかないか」


 フィリップが呟いている間に忠弥は一つの武器を見つけた。


「これは」

「諸国民戦争を戦った二代前の当主、私の祖父が使った武器だ。沼沢地の砦を攻略する時、大砲が運べずこれを使って攻略した。敵の連中は、仰天したらしく歌にまで残したようだが」

「……これお借りしてもよろしいですか」

「構わないよ。新たに道を見つけようとする若者を遮るような無粋なことはしない」


 フィリップは笑って忠弥を送り出した。

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