第127話 サイクスの家

「うわあ凄い崖」


 海峡を越えた先に広がる光景に昴は感嘆の声を上げた。

 海の寸前まで白い崖がそそり立ち、白い壁が広がっているようだった。

 共和国から飛べば、ほんの数十キロしかない王国本土と旧大陸の間の海峡は飛行機ではすぐ隣のようなものだ。

 だが、上から見る景色はまた格別だ。


「大陸と同じでなだらかだな」


 陸地に入ると小高い丘の連なりが見える。高い山は少なく平原が多くて遠くまで見通せる。

 きかんしゃトーマスのソドー島のような景色だ。


「不時着が簡単に出来そうな地形だ」


 万が一被弾したりトラブルが起きても無事に着陸できそうで忠弥は安心した。

 そして目的地である王都郊外の飛行場へ機体を着陸させた。


「お待ちしておりました」


 待っていたのは王国軍航空部隊のサイクスだった。

 王国側担当者として飛行場の整備や宿舎の手配などの準備を進めてくれた。

 彼がいなくては、予め飛行場の状況を視察、調査して、不具合があれば工事をしなければならなかっただろう。


「今日はお休みください。ここは私の父の領地なのでごゆっくりどうぞ」

「君の家は広いのかい?」

「はい、あそこの城が私の家です。皆さんにご協力致します」

「そうかありがとう」


 指さされた先にある城を見て驚いた。

 白い城壁にいくつもの塔が立ち並び、中に巨大なタワーが建っている。

 まるでおとぎ話に出てくる西洋のお城と言った感じだ。

 飛行機好きだが、やはり貴族で金を持っている人間なのだなと忠弥は思う。

 しかしそのような事をひけらかすこと無く、サイクスは胸を張って忠弥達に宣言した。


「我が家の名誉に賭けて、あなた方を歓迎いたします」




「うわあ、凄い」


 宿泊先となるサイクスの城に着くと昴のテンションは一気に上がった。

 堀を跳ね橋を通って越えて、中庭に入ると豪勢な建物が目の前に現れる。車寄せから降りると天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられ、壁一面にタペストリーが飾られた広い玄関ホールだ。

 物語に出てくるお城のようで昴で無くても興奮する。


「凄い蔵書の数ね」


 ホールの左にある隣接した客間に入ると壁一面に本棚があり、その棚一杯に本が敷き詰められていた。

 昔の貴族は蔵書の数でステータスが決まったと言うから、昔からの大貴族のようだ。


「あれ? なんか作り物っぽいような」


 本の様子がおかしい事に気がついた昴は、目をこらす。髪のような質感は無く、まるで張りぼてのようだった。蔵書が多いように見せかけるため、張りぼてを置いておくこともある。

 本に触ってみようとして昴が手を伸ばすと突然本棚が、奥の方へ扉のように回り、そこにサイクスがいた。いやサイクスが年を重ねたような人物だった。


「皆様! ようこそいらっしゃいました。この館の主フィリップ・サイクスです。息子ロバートがお世話になっております」


 現れたのはサイクスの父親だった。


「王国の危急に参陣していたあなた方に是非とも、お礼が言いたくて参りました。皆さんの参陣を心より感謝申し上げます。滞在中は何なりとお申し付けください」


 フィリップの後ろに初老の執事や若いメイド達が現れ、忠弥達に向かって一斉に頭を下げた。

 驚き忠弥達一行は固まったが、すぐに頭を下げてお礼を示した。


「面白い人だね」


 挨拶が終わって忠弥は小声でサイクスに言う。


「というより我が家の伝統ですね。こういう隠し扉があちこちにあります」


 自分の父親恥ずかしそうに、だが楽しそうにロバート・サイクスは言う。

 この分だと息子のロバートも父親フィリップと似たような性格の持ち主だろう。

 航空都市時代は真面目だったように思えるが、本質はやんちゃか、いや、やんちゃのために飛行機を学んでいるのかもしれない。


「皆様にはゲストルームをご利用頂きます。どうぞ此方に」


 壮年の執事が若いメイド達に指示してパイロット達を案内する。

 昴達もメイド長の案内で、部屋に案内された。




「なかなか良い部屋だな」


 まっさらなシーツに質素だが手入れの行き届いた品の良いインテリア。

 案内されたのが客をもてなすために心から用意された、居心地の良い部屋だったことに忠弥は満足した。

 だが、同時に違和感を感じていた。

 この城では無く、街に入ってから何かがおかしかった。


「失礼します!」


 その時、先遣隊の隊長が入ってきた。


「受け入れ準備が整ったことをお知らせに参りました。王国の補給部門との打ち合わせが長引き、着陸時にお迎えできなかった事をお詫びいたします」

「ありがとうございます。補給が無ければ戦えませんから、お気になさらず。むしろ存分に飛べるので助かります」


 飛行機は大量の物資を必要とする。

 二一世紀の地球の戦闘機や爆撃機など、全力出撃――武器を最大限に積み込むと離陸重量の四分の一が爆弾などの武器、四分の一が燃料になる。

 今の技術だとまだ飛行機自体が小さく、ガソリンエンジンのため離陸重量九〇〇キロほどの重量の内消耗品は二〇〇キロほどしかない。

 とはいえ、一四機の戦闘機を一回飛ばすのに毎回二.八トン。一日に三回飛び上がるとして八トンの燃料弾薬が必要だ。

 最終的にこの十倍は戦闘機を配備する予定なので一日に八十トンの物資が必要となる

 他にもオイルなどの消耗品があるし、エンジンなどの交換部品も必要だ。

 さらに、それら物資を運び込むトラックや整備に使う機材を動かす燃料に資材。

 機械だけで無く、パイロットを始め支援要員の食料や生活必需品などもいる。

 それらを考えると、一日に百トンの補給が必要になる。

 それだけの物資が円滑に供給されなければ、稼働機は減ってしまう。

 まさに総力戦と言える。

 だから忠弥は補給部門の確立に時間を掛け尽力を尽くしていたし、陸海軍から優秀な人材を集めていた。


 

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