第126話 飛行船の戦略爆撃

 飛行船は、気球が生まれてから模索された航空機だ。

 浮体を球形から葉巻形にして抵抗を少なくしつつ浮力を確保し、動力を付ければ進むのではないか、という考え方から生まれ実験されていた。

 だが、完成作――実用的な機体が出来たのは飛行機誕生後だった。

 小型高出力の航空用エンジンが無かったため、適切な動力源が無く実用的ではなかったからだ。

 飛行機が実用化されるとそのエンジンが飛行船にも搭載されようやく飛行船も実用的になった。

 特に帝国では、とある退役騎兵将校が熱心に研究を続けていたこともあり、すぐに実用的な飛行船を開発。

 開戦前には数十人の乗客を乗せた商業飛行さえ行っていた。

 ほんの数人の乗客を乗せるのが限界である飛行機と違い、膨大な浮力を誇る飛行船ならではの搭載力を活用した方法だった。

 そして戦争が始まると搭載物を乗客や郵便物から爆弾に切り替え、長距離爆撃に投入されたというわけだ。


「史上初の空からの攻撃に王国は混乱しているようです」


 これまで帝国が王国本土を攻撃する手段がなかったことも大きく影響していた。

 島国である王国は、帝国から攻撃されない。

 帝国にも艦隊はいるが王国はそれ以上の戦力――事実上、世界最強の海軍を王国は持っており、攻撃を仕掛けることはない。

 高速の巡洋戦艦を使った一撃離脱、陸上に近づいて砲撃を浴びせ、王国海軍がやってくる前に高速で逃げる。

 その程度だった。

 だが、敵は飛行船を投入してきた。

 それも沿岸部ではなく、王国本土内陸部へ進出し、陸軍兵器工廠に爆弾を落として離脱していった。

 反撃しようにも地上からは小銃や機関銃で撃っても空高く飛びすぎていて撃墜できなかった。


「王国にも航空部隊があるだろう……って、全て前線に送り込んでいるのか」

「はい、実戦部隊は全て前線に送りこんでいて王国本土防空に使用できる航空機がありません」


 撃墜できるとしたら戦闘機だが、前線で戦闘機を失いすぎて、本土上空を守る戦闘機が居ない。

 これまで本土を攻撃された経験が無かった王国は戦闘機部隊を、というより防空部隊さえ設立していないし、必要性も感じていなかった。


「新たに配備しようにも前線に戦闘機は必要だし、戦闘機を消耗している。そこで戦闘機の余裕のある皇国に援軍を求めています。いかが致しますか?」


 相原の問いに忠弥はしばし考えてから答えた。


「……良いでしょう。戦闘機部隊を派遣しましょう。応援部隊は私が自ら率いていきます」

「司令がですか?」


 予想外の答えに相原は驚いた。


「ええ、先遣隊として一個飛行中隊十四機。順次拡張して三個中隊編成の三個飛行隊で一個航空団を編成しようかと」

「総計で一三〇機以上、予備を含めると一五〇機になりますね。それほどの機体を送り込むのは」

「守備になりますから広範囲に機体を分散させることになると思います。それに何が起きるか分かりませんから、少し多めに」

「大陸戦線の部隊が減ることになりますよ。第一機材が足りません」

「基幹要員は一個中隊ほど選抜して大陸から引き連れて向かいますが、大半は王国本土に置いている練習部隊を一時的に編入する形にします」

「それでも機材は減りますね」

「司令代理の相沢中佐がどうにかしてくれると信じていますよ」

「自ら赴くおつもりで?」

「ええ、王国が防空体制を整えるまでの間、駐留します。航空隊も引き継ぎが終わり次第、こちらに移動させます」

「分かりました。短期間で終わるでしょうが持たせてみます」

「頼みます」


 忠弥は相原に敬礼して別れた。




「自分の国を守れない国を手助けするなんてお人好しね」


 相原と別れたと昴が忠弥に近づいてきて話しかけた。


「結構苦労すると思うけど」

「それでも経験になるよ。今後のためにも必要だと思うしね」

「? どういうこと?」


 意味が分からず尋ねた昴に忠弥は説明した。


「いつか飛行機は着陸せずに地球を一周できるくらいの性能を持つことが出来るよ。その時は秋津も空襲を受ける可能性が出てくる。今後は大洋の真ん中にある島国の秋津も安全ではないんだ」

「そんな馬鹿なこと……」


 笑おうとした昴だったが、表情が固まって出来なかった。

 ほんの数年前まで人間が空を飛ぶというのは夢物語だった。

 だが目の前にいる忠弥は人類初の有人動力飛行を成功させ、大洋の横断にも成功している。

 その彼がいずれ無着陸で地球一周できる飛行機が出来るというのだから出来るのだろう。

 その時秋津に敵の空襲が行われない、と思い込むのは愚かだ。


「だから今のうちに防空戦の経験を積んでおいた方が良い。実際に行えるというのなら万々歳だ」

「……分かった。選抜メンバーに加えておいてね」

「昴も来るの?」

「当然、僚機でしょう」

「後方に下がって欲しいんだけどな」

「嫌よ、そばにいないと貴方何するか分からないじゃない」

「そうかな?」

「空に飛び出すわ、海を越えて行くわ、戦争に参加するわ」

「同年代を奴隷にしようとしたり、啖呵切ったり、ラジオジャックした少女よりマシだと思うけど」

「嫌?」

「まさか」


 ハチャメチャな忠弥に比べれば可愛いものだが昴の行動には結構感謝している忠弥だ。

 忠弥が躓いても発破を掛けてくれる、動かしてくれる少女だ。

 名前のごとく夜空に輝く星のように行く先を照らしてくれる存在だ。


「じゃあ、荷造りしてくるわね」

「了解」


 昴と分かれると忠弥は早速王国へ移動して防空体制を整えるプランを立て始めた。

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