第114話 聖夜祭休戦3
忠弥の許可を受けたあと、格納庫の中でのパーティー準備は更に活発になった。
「七面鳥が出来たぞ!」
「こっちは焼き鳥だ」
「牡蠣もあるぞ!」
「皆嬉しそうだな」
先ほどまで意気消沈していた将兵達が打って変わって準備に浮かれる姿を見て忠弥は驚いた。
戦いの連続でストレスが溜まっていたのか、皆生き生きしている。
それに彼らは意外に料理が上手く、飛行機ばかりだった忠弥には思いも寄らぬ一面が見えて、新鮮な驚きだった。
「でも大きなモミの木だな」
パーティーの準備が進む格納庫の中心に立つモミの木を見て忠弥は呟く。
格納庫の天井に届きそうなくらい高く、てっぺんには星が飾られ、枝にも電飾や、ベル、番のキジバトなどが飾られていた。
「共和国ではこうやって祝うのか」
「聖夜祭は旧大陸諸国で祝われていたお祭りじゃ。モミの木で祝うのは帝国の風習で、森の中で新年の祝いを行った名残でモミの木を飾るのが普通じゃ。じゃが十数年前帝国の王子が王国の先代女王へ婿入りした時帝国の文化を持ち込み、モミの木を飾って祝う風習が広まったのじゃ」
「なるほど、って、碧子内親王!」
説明した人間が、碧子内親王だった殊に忠弥は驚いた。
「なぜ!」
「国際化の時代じゃ。皇国の皇族とはいえ、他国の文化を知らねばならぬであろうから勉強しておった。他国の王家へ輿入れするかもしれぬしな」
「なるほど、ご立派です。いや、そうじゃなくて、どうして、こちらにいらっしゃるのですか?」
「空軍司令官として前線の視察と指揮下の部隊の激励に来たのじゃ」
碧子は空軍司令官となっていた。
創設されたばかりの空軍に、人類初の有人動力飛行と大洋横断飛行しか果たしていない忠弥が、まだ十代前半の少年が司令官になっても、歴史ある皇国軍の中で発言権などない。
養父が国会で第一党の党首を務めていても軍の内部では階級が絶対だし、細かいことまで口出しできない。
下手をすれば陸軍か海軍の下で下働きの地位に甘んじてしまう。
そこで、内親王とはいえ皇族の碧子を司令官にしていた。
事実上のお飾りだが、陸海軍の将官は忠誠を誓う皇族に強く要求を言うことが出来ないため。
出来たばかりの空軍が活躍するための防波堤として碧子は役に立っていてくれており、それだけでも立派に役目を果たしてくれている。
「そんな連絡は受けていませんよ。それに前線は危険です」
しかし、何の連絡もなしに、それも前線近くの飛行場に訪れるのは危険だ。
万が一、敵の襲撃があって戦死してしまったら、責任問題になるし、士気も落ち、空軍の防波堤が無くなり陸海軍にハイエナのように食いつかれる。
逸れも皇族司令官戦死という弱みを追及されながらだ。
骨も残さずシャブリ尽くされるだろう。
だから碧子には軽率な行動を謹んで欲しかった。
「麾下の軍勢の状況を見るのは将として当然であろう」
「立派な心がけです」
軍の司令官として指揮下の部隊を視察するのは当然だ。
戦えるか部隊の状況を確認するのは絶対にやらなければならない。
「ですが予め準備していないと用意が出来ません」
しかし、視察を受け入れるためには閲兵――指揮下の部隊を整列させるなどの準備を予め行っておかなければならない。
その準備のために予め視察の前に連絡が来るのが普通だ。
「戦いに疲れている我が将兵を私を迎えるためだけに動かすのは忍びがたい。それに普段の様子を見た方が有意義であろう」
「おっしゃる通りです」
自分より幼いが時折鋭い洞察を見せることがある碧子であり、忠弥といえど油断は出来なかった。
「それで本当は?」
「忠弥達と一緒に楽しみたかったのじゃ」
そして欲望に忠実なのも碧子だ。
出なければ忠弥を呼び出し、遊覧飛行を行うなんて真似はしないだろう。
「皆の者! 今年は良く戦ってくれた! 残念ならが戦いは年内に終わらず、来年も続くじゃろう。じゃから今は英気を養って欲しい。今日は無礼講じゃ! 思いっきり楽しむぞ!」
「おおっ」
小柄な割によく通る声を持つ碧子の言葉は格納庫に響き渡り、準備に当たっていた全員が応え、パーティーは始まった。
「乾杯っ!」
あちこちで杯が掲げられシャンパンやビールが飲み干されていった。
「乾杯!」
忠弥達もグラスを掲げて口を付ける。
「美味いけど良いのかな」
「一人前だから良いのよ」
二一世紀の考え方が残っている忠弥は十代前半の飲酒に抵抗があって少し口に付けたが、昴は気にしていなかった。
「酒を飲んではいけない法律なんてないしね」
皇国には未成年が酒を飲むことを禁止する法律はない。
日本も大正年間末期の一九二二年に制定された未成年者飲酒禁止法まではなかった。
だから未成年の飲酒にそれほどやかましくない。
それでも心理的な拒絶感が忠弥にはあった。
「もう、飲みなさいよ。今日くらい楽しみなさいよ」
「アルコールで身体に悪影響が出たら飛べなくなりそうで怖いよ」
「だとしても今を楽しみなさい。未来は大切だけど、今この瞬間も大切なのよ。皆だ楽しく過ごすのも未来に進むためには必要なのよ。いくら私が夜空で輝いて道を照らしても、道中楽しくなければ意味がないのよ」
そう言って、昴は忠弥にグラスを押しつけた。
「……わかったよ」
弱々しくも穏やかな笑みを浮かべて忠弥はグラスのシャンパンを飲み干した。
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