第115話 聖夜祭休戦4

「美味い」


 グラスのシャンパンを飲み干した忠弥は素直な感想を述べた。

 炭酸の爽やかさ、その後の軽やかな風味がささくれ立った精神を解きほぐしてくれる。


「そうですシャンパンは共和国の一地方のみで作られる最高の酒です!」


 忠弥の後ろからテストが話しかけてきた。


「楽しむには最高の酒ですよ。勝利した時に飲む価値があり、敗北した時は飲む義務があると言われるほどの極上品です。楽しみましょうよ」

「そうですよ」

「楽しみましょうよ」


 大はしゃぎのテストの声に周りも明るい声が出てくる。


「その通りだね」


 炭酸の刺激に爽やかな香りと味。

 ほどよく酔いが回り忠弥の心も軽くなった。


「うん、良い物だ」

「そうでしょう。私の言ったとおりでしょう」

「その通りだ」


 その後、忠弥は二杯目を飲み、テーブルの料理を食べ始めた。

 パーティーは盛り上がりを増し、テストが歌い始め、サイクスがバグパイプを奏でると各所でダンスが始まった。

 広い格納庫でも収まりきれなくなりエプロンに出て行き、それぞれ自分の得意な出し物を演じる程だ。

 その様子を酔いが回って気持ちよくなった忠弥は椅子に腰掛けて見ていた。

 定時哨戒の飛行機だろうか、飛んでいく飛行機のエンジン音を音楽にして皆が楽しむ様子を見ていた。


「楽しい頃を思い出すよ」

「楽しい頃?」

「ああ、戦争が始まる前の飛行学校だ。皆で楽しく飛行機を作ったことが良かった」


 戦争前の航空都市での研究が懐かしい。


「ベルケ達もいた。彼らも飛行機が好きな仲間だ。また語りたいし、一緒に作りたい」

「戦争が終わればまた会えるわよ」

「今会いたいよ。戦ったけど、戦う度に強く、素晴らしい飛行機を作っている。どんな飛行機を作るのか、戦争抜きで語りたいよ」


 忠弥は目を閉じて航空都市時代の事を思い出した。


「司令、電文です」


 その時、伝令が電文を持ってきた。


「司令は寝ているので、私が受け取ります」


 伝令の持ってきた電文をひったくって昴は読むと目を見開いた。そして大声で叫んだ。


「空いている飛行機を回して!」

「え、昴、何かあったの?」

「ええ、星が輝き始めたのよ」

「なんだよ」

「そこで思い出を思い出しながら願いなさい。知っている? 星は道しるべだけじゃなくて願い事を叶えてあげるのよ! 昴の輝きを信じなさい!」


 そう言ってまともな整備士達を集めて無理矢理複座機を用意させるとすぐに離陸して行ってしまった。


「酒が入っているのに大丈夫なのかよ」


 パーティーの途中でいきなり飛行機を飛ばした昴に呆然と忠弥は見送った。

 飛行姿勢は問題なさそうだったので不安はなかったし、酒が大分回り始めたので忠弥は椅子に身を預けた。


「あれれ? 昴嬢、居なくなりましたか?」


 離れたところにいたテストが話しかけてきた。


「急用が出来たみたいで飛んでいったよ」

「良いんですか? 男の元へ向かったのかもしれませんよ」

「……それでもいいさ」


 忠弥は強がりを言った。


「大丈夫ですか、追いかけなくて?」

「昴が飛びたいのなら止めはしないよ」

「キチンとつなぎ止めないと飛び去って行ってしまいますよ」

「パイロットが飛ぶのを止めることは出来ないよ」

「いい女は捕まえておくのが普通ですよ」

「昴は帰ってくるよ」

「本当ですか?」

「帰ってきてくれると信じているよ。信頼関係が無いとパイロットなんて出来ないよ」

「そのまま去って行ったら?」

「それまでのことさ」


 そう言うと、忠弥は目を閉じ遠ざかっていくエンジン音を子守歌代わりに忠弥は眠った。

 少し不安な事を言って追いかけさせてくっつけようと企んだテストだったが、余計な老婆心だと考え直し、その場を去った。

 眠りについた忠弥は夢の中で、これまでの戦いを思い出しながら忠弥は考えた。

 ベルケはこれまで好敵手だった。

 手強い相手だったが、それだけベルケが優れた人間だという事の証明だ。

 忠弥は二一世紀の航空技術の知識があり、初期に起こしがちなミスを避け、着実に航空業界を発展させていった。

 一方のベルケはそのような能力は無く、自ら進めていった。

 時に失敗することもあったが、すぐに取り戻した。

 それが忠弥の作り出した飛行機を分解して見つけ出すという方法だとしてもだ。

 人まねというが、完璧に再現するには技術も能力もいる。

 未熟な人間は失敗作を作り出し、地上から離れることさえ出来ないだろう。

 ほぼ単独で空軍を作り出し、忠弥達と一時的とはいえ、互角に戦ったのはベルケの能力を示すものだ。

 そして、忠弥が苦戦を強いられたのも、ベルケが忠弥の動きや考えを読み解いたからだ。

 敵だとしても自分の理解者である事が嬉しく、同じように飛行機の事を語れる人間だと忠弥は考えていた。


「ベルケ、敵になったとはいえ、今君に会いたいよ」

「……ありがとうございます」


 寝言のあと、耳に届いた小さな声を聞いて、忠弥の全身に電が走り目が覚めた。


「ベルケ!」


 聞き間違えるはずがなかった。

 何度も飛行機について語り合った、ベルケの声だ。

 幻聴かと思ったが、椅子から立ち上がり声のした方向を向くと、飛行服を着たベルケがそこにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る