第113話 聖夜祭休戦2

 それは、突然起きた。

 弾薬不足のため激しい戦闘がなくなり、最前線は静かな聖夜祭を迎えていた。


「ちぇっ、こんな時に見張りとは不運だ」


最前線の見張り台で当直に立った王国軍兵士はぼやいた。

 戦争中だが、戦闘がないことと聖夜祭のために住居としている掩体壕の中ではささやかながら、宴が行われていた。


「何で俺だけ貧乏くじを引くんだよ。何が悲しくて聖夜祭を海を渡って大陸の穴蔵の中で過ごさないといけないんだ」


 一応軍務中で見張りは出ており、見張り台で敵陣地を監視していたが、聖夜祭もあり気もそぞろだった。


「そもそも聖夜祭までに終わるんじゃなかったのかよ」


 夏に始まった戦争だが秋までに一戦して勝利を収められる。そして英雄として凱旋し家族と聖夜祭を迎えよう、と上官や大臣達が言っていた。

 勝てば、英雄、負けても死なずに無事に帰れると思っていた。

 緒戦のモゼル会戦で勝利しヴォージュ要塞の防衛に成功したのだから、皆帰れると思っていた。

 だが戦争は続いた。

 帝国が講和を拒否したため、と上官達は言っているが、戦争が始まった時の言葉は嘘となり信頼は無くなっていた。

 士気も低くなり、軍務に実が入らない。

 見張りに出ても、外を見ることも少なく見張り用の穴の底に籠もっている事が多い。

 狙撃兵が狙っているのと、寒風が顔に吹き付けて痛いので、外を見る気になれない。

 楽しげな聖夜歌が耳に入ってくるのもむなしさをより強める。

 だから、背後に人の気配がした時、背筋が凍った。

 交代の時間までまだ時間がある。

 宴会という素晴らしい時に遅刻はしても、時間を前倒ししてやってきてくれる神のような兵隊はいない。

 やってくるとすれば敵兵だけだった。

 しかも、気配は敵陣地の方からやってきた。


「誰何っ!」


 銃を手に取り、銃口を人影に向けて構えた。

 そこには帝国の兵士がいた。


「……あ」


 だが兵士は戸惑って引き金を引かなかった。

 確かに敵兵だったが、怯えた顔をしていたし、手には小さな白い布きれを棒に縛り付けて作った白旗を持っていた。


「……なんだ? 投降か?」


 降伏のために白旗を揚げて交渉に来る事はあり得るし、その場合撃ってはならないと兵士は訓練で習っており、教え通りに従って敵兵を撃たず尋ねた。

 銃を突きつけられた帝国軍兵士は、銃に怯えながらも話し始めた。


「……おめでとうございます」

「なに?」

「……聖夜祭おめでとうございます。聖夜祭りを祝いに来ました」


 聞き取った時、兵士は冗談かと思ったが、帝国軍兵士が背嚢から取り出したビール瓶を見て本当だと思った。

 帝国軍兵士が栓を開けてラッパ飲みしたあと、手渡してくると王国軍兵士も飲み始めた。

 そして交代要員がやってくると、彼らも最初は驚きながらも飲み始めた。

 やがて、塹壕の仲間にも伝わり、狭い掩体壕から出てきて酒盛りを始めた。

 帝国軍兵士の仲間も中間地帯――両軍の最前線の間の空白地帯に出てきて酒盛りを始めた。

 中には、塹壕に持ち込んでいたボールを取り出してサッカーを始めたり、ボールがなければ空き缶を代わりにゲームを始めた。


「おい、士官が来たぞ!」


 敵兵を勝手に迎える事を叱られると思った王国軍兵士達に緊張が走った。

 だが、叱責はなかった。

 帝国側からも士官が来て、話し合いを始め、数分後兵士達に告げた。


「戦場清掃のため、明日の夜明けまで休戦とする! 総員! 中間地帯へ!」


 戦場清掃とは戦死者を収容する事である。

 戦場に味方の遺体を残しておくと埋葬もされないと兵士は思い士気が下がる。それに遺体を放置しておくのは疫病の流行も招き衛生的にも良くない。

 しかし、敵の前で行うのは危険だ。

 だが、一番遺体が多いのは敵が目の前にいる最前線だ。

 そこで敵と交渉して休戦期間を設け戦場清掃を行うのは一種の慣習となっていた。

 敵も事情は同じであり、敵であろうと疫病の原因になる遺体をかたづけたいし、自分たちの仲間を埋葬してやりたい。

 そのため休戦期間が聖夜祭の前に何回かあった。

 そのため戦場清掃は不要なはずだった。

 あえて士官が戦場清掃を命じ、中間地帯へ出したのは、兵士達に聖夜祭を楽しませるためだった。


「最高の上官だ」


 王国軍兵士は先ほどまでの上官批判を止めて帝国のビールをラッパ飲みした。

 肩を組んでいるのは彼が秘蔵していたスコッチをコップに入れて飲む帝国軍兵士だ。

 帝国人は戦争が始まるまで王国に出稼ぎに出ていた者が多く、王国の言葉を片言なりとも話せたことが交流を促進した。

 休戦は前線に広がり、やがて後方も巻き込み、前線飛行場にまで広がった。




「珍しいことが起きるんだね」


 最初報告を受けた忠弥は、驚いた。

 それまで銃を突きつけ合った敵味方同士が一緒になって宴を開くのが信じられなかった。


「しかし、戦場では良くある事です」


 相原は忠弥に助言した。

 彼は十年ほど前の戦争に新任少尉として出征した。

 海軍なので艦艇勤務が主だったが、要塞攻略のために陸軍に艦砲を貸し出した時、その要員として陸戦に参加したこともあり、陸上戦についても知識と実体験があった。

 大きな戦闘の後、戦場に倒れた戦友を互いの合意の元、回収するのは良くある事だった。


「どうしますか?」


 相原は尋ねた。

 だが、目では特に問題はありません、兵士の休息のためにも休みは必要です、と訴えていた。

 忠弥はその求めに応えることにした。


「我々も補給中だ。最小限の警戒を除いて休戦とする」

「了解」


 こうして奇妙で、しかし奇跡の休戦、後に聖夜祭休戦と呼ばれる休戦は始まった。

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