聖夜祭休戦

第112話 聖夜祭休戦

「静かになりましたね」

「互いに消耗しているからね」


 指揮所の近くで休んでいた忠弥に昴が言うと力のない返事が返ってきた。

 ヴォージュ要塞攻防戦は連合軍の勝利で終わった。

 通常ならば勝利した連合軍側は追撃を掛けるべきなのだが、防御戦での損害が異常なほど大きく、特に弾薬の消耗は激しいため追撃する余裕は無かった。

 戦前の弾薬備蓄がほぼ底を突き、追撃どころか防御が出来るかどうか怪しいレベルだった。

 そのため防御線を固めるしか無かった。

 攻撃側の帝国軍の損害、消耗は更に激しく、しばらくの間、両軍共に攻撃できないのは明らかだった。


「その間に休める。休めるときは休んでおこう」


 忠弥はそう言った。

 ヴォージュ要塞攻防戦で制空権を確保し、勝利に貢献するという華やかなデビューを飾った空軍。

 だが損害と消耗も大きかった。

 初日でベルケ率いる帝国軍航空隊を撃滅したが、散発的な抵抗はあったし、地上攻撃の時地上からの対空砲火が激しく、撃墜される機体が散見された。

 その後も地上軍支援のため連日出撃し、一日に数回出撃することも多かった。

 そのため保有機の消耗は激しく、特に生まれたばかりの航空機はエンジンや機体の耐久性能が劣っており数ヶ月の飛行で疲労が蓄積し飛行不能になる。

 B52が半世紀以上飛行しているのとは比べものにならないくらい、この世界の技術が追いついていない。稼働機は要塞戦前の四分の一くらいだ。

 パイロットも疲れており、攻防戦の後半は疲労による事故が多発し、機体が大破、使用不能なるケースも相次いだ。

 戦闘によって撃墜された機数と事故、飛行限界を迎えて失われる機数は大体同じ、と言われる。

 実際、酷使されて飛行時間の限界を迎える機体が多く、破棄される機体が多い。

 そのため保有機を大幅に減らしていた。

 後方で寧音が岩崎財閥の総力を挙げて増産および生産設備拡大に励んでいるが、量産機が戦列に加わるのは年明け以降になりそうだった。

 それは帝国側も同じようで、態勢が整うまで攻撃を中止しているようだった。

 だから戦場はつかの間の平和が訪れていた。

 その時上空を轟音を共鳴させて飛ぶ機体があった。


「大型機だと」


 今日は爆撃機の飛行予定はなかったはずだった。

 大型機は滑走路へ着陸すると駐機場へ入ってきた。


「どうも二宮大佐」

「テスト!」


 機体から出てきたのは、攻撃航空団を率いる部下のテストだった。


「何をしに来たんだ」

「今日は聖夜祭ですからね。祝わないと」

「聖夜祭?」


 忠弥は首を傾げた。


「聖夜祭とは、旧大陸諸国において去りゆく年を思い、新たな年を祝うお祭りです」

「って、寧音どうしてここに」


 機体から降りてきて説明する寧音に忠弥は驚く。


「戦争が長期化しそうなので、工場の増設と、新たな機体の生産計画と配備計画の打ち合わせを。他にも新型機開発の指示を受けるために来ました。出来たばかりの皇国空軍には禄に担当者がいませんから。最大の実力者が前線に居るのでメーカーの責任者として前線まで駆けつけました」

「……済まない」


 寧音の言葉に、忠弥は頭を下げて謝った。

 開戦からずっと前線に張り付いていたこともあり、後方のことは殆ど寧音に任せていた。

 新設されたばかりで人員が足りないし経験も無い。

 寧音がある程度は理解してくれているが、総合的な判断力は忠弥の方が上だ。


「だから、全て片付けてください」

「はい」


 仕方なく忠弥は山のような書類の束に立ち向かった。

 しかし、飛行機マニアである忠弥にとって飛行機の仕事は非常に楽しい。

 鞄一杯に積み込まれた書類を好物のように喜々として受け取り読み解いていく。

 報告書の中には興味深い内容もあり、食い入るように見て仕舞うほどだ。


「仕事に集中してください!」


 そのため脱線すると寧音に怒られて渋々、決裁に戻っていった。


「終わった」

「お疲れ様でした」


 全ての仕事が終わったのは二時間後だった。


「それでは、聖夜祭の宴といきましょう」

「え?」


 心地よい疲労で思考力が低下していた忠弥は訳が分からず寧音に腕を引かれて格納庫へ連れて行かれた。


「な、なんだこれは」


 格納庫に向かうとそこはいつもとは違う光景が広がっていた。

 航空機は済みに片付けられ、中央が広くなり、中心には、飾り付けられたモミの木が置かれ、周りにテーブルが並び料理が置かれている。

 隅に追いやられた航空機にもリボンなどで飾り付けが行われ、無骨な印象が消え去り聖夜祭を祝っているようだった。


「そこはもっと飾りを付けて。豚汁はこのテーブルに、プディングはそっち。料理は国別にテーブルを指定して誰でも何処の料理か分かるようにして」


 その準備の中心に立っていたのは昴だった。


「あっ忠弥! 仕事終わったの? お疲れ様!」


 忠弥と寧音に気がついた昴が駆け寄ってくる。


「これはどうしたんだ」


 飾り付けられた格納庫と、集まった人間に驚く。

 皇国空軍だけでなく統合空軍の主だったメンバーが集まってきていた。


「皆、聖夜祭を一緒に祝いたくて来たのよ」

「警戒はどうするんだよ」

「弾薬がないから攻撃なんて出来ないわよ。それは向こうも同じでしょう」

「そうだろうけど」


 空軍の実質的な司令官となってから国家機密レベルの情報も入ってくる。

 その中には帝国の生産能力や作戦能力、方針も含まれていた。

 殊に空軍戦力に関しては忠弥以上の人材がいないため、情報解析に最新の機密情報が集まっており、帝国も戦時体制強化中で攻勢に出る余力が無いことを知っていた。


「まあ、いいか。いいよ、楽しもう」


 このところ大きな作戦が続いて息抜きが必要だと認めた忠弥は許可を出した。

 許可が出たことに全員が喜びの声を上げた。

 戦争の間の一寸した平和、それは戦線全体に広がっていた。

 そして、このことがある偶然と奇跡を引き起こした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る