第104話 帝国航空隊の苦闘

「忌々しいほど敵は優勢だ」


 ヴォージュ要塞近くに作られた野戦飛行場。要塞攻防戦が始まり帝国航空隊を集結させてからはヴェル家はここを本拠地にしている。

 着陸させた愛機から降りてきたベルケは指揮所の自分の椅子に腰掛けると吐き捨てた。

 ヴォージュ要塞が戦争の焦点となりつつある今、帝国軍も戦力を集中し始めている。

 ベルケの航空部隊も同様で、帝国各地から航空機が集結させていた。

 だが、帝国の航空生産はまだ始まったばかりだった。

 手を尽くして生産機の半数を自分の元に集めているが、まだ足りないため苦労していた。


「ですが我々は連合軍の統合空軍とか言う連中と、なんとか戦えています」


 若い部下、リヒトホーフェンというパイロットが進言してきた。

 今のところ、連合軍が編成した統合空軍――皇国、連合王国、共和国の航空部隊を集めて作った航空部隊が送り出してくる機体は帝国航空隊――複数の飛行機部隊を指揮下に置いたベルケの部隊と同数の機体しか出してこない。

 保有機は統合航空軍の方が多いはずだが、出撃してくる機体の数は帝国航空隊とほぼ同じなので空戦では互角か少し上だった。


「全く優勢ではない」


 しかしベルケは否定的だった。気弱になっていたかとリヒトホーフェンは思ったがベルケの目には強い光を宿していた。

 ベルケは困難や不運に耐えて、いやそれを見つめ打ち勝とうとしているほど強い闘志を燃やし、自分の敵を困難を見定めるように口を開いた。


「敵はほぼ同数の機体を上げている。だが、こちらは徐々に減らしている」


 ベルケ率いる帝国航空隊は優先的に補充機を受け取っているが、それでも数が足りず徐々に減ってきている。

 対して、統合航空軍の方は何時も同じ数の機体を出している。

 このままではじり貧、徐々に数を減らして帝国航空隊は全滅してしまう。

 国力の差をベルケは痛感し始めていた。


「司令! 司令部より緊急連絡です。歩兵第四九師団の上空敵の爆撃機が出てきた為、至急援護を頼むとのことです」

「第三戦闘機隊を出すんだ」


 自分が出撃したいところだがベルケは止めて部下を行かせることにした。

 最近は爆撃機――爆撃専用の機体を統合航空軍は投入してきている。

 偵察機から手投げ弾や火炎瓶を落とすのとは遙か上のレベルで被害をもたらしてきている。

 しかも落としてくるのは航空機用の大型爆弾。重量は三〇キロぐらいだが、一キロもない手投げ弾より遥かにデカい威力だ。

 そして新たに双発の大型機まで投入してきている。

 これまでの単発小型の複葉機――名称変更で攻撃機と言われはじめた機体より爆弾搭載量が大きく、厄介な相手だ。

 小型の方も、専用の投下器を装備しているため、手強い。しかも前線近くから飛び立てるので、何度も攻撃に来る。


「飛行機は平和利用したい、戦争にはしたくない、と言っていて戦争になれば全力で投入しますか」


 開戦前に学校で忠弥が言っていた事をベルケは思い出した。


「その裏で戦争に備えていたのですね。平和を欲するなら戦争に備えよ、と言うわけですか。流石です」


 帝国航空隊でも作らせているが、試作機の製造が始まったばかり、今は偵察機に投下装置をつける改造を施して手作業で作った爆弾を投下する程度だ。

 それでも敵の飛行場を破壊できるくらいにはなっている。


「何とか拮抗している状態で優位にしたい」


 徐々に減っている現状では、帝国航空隊がいずれ不利から劣勢に陥るのは目に見えている。

 ベルケは決断して部下に命じた。


「全ての航空隊を集めるんだ。敵の飛行場に集中攻撃を仕掛ける」

「司令部が許しますかね」


 部下であるカムフーバーが疑問を述べた。航空機の威力、一個軍を包囲降伏に追い込んだ皇国の航空機の能力を見た各軍の司令部が我が軍にも配備してくれと要請している。


「なに、大本営にねじ込む。そのために我々は大本営直轄になっているんだ」

「制空権の確保ですか?」

「ああ、全ての航空機を集めて、大空襲を仕掛ける。偵察機を出してくれ。前線にある敵の航空基地を全て把握して攻撃する。そのあと全機出撃だ! 敵の戦力を我々の全力を以て一挙に叩く!」

「はいっ!」




「帝国軍の大空襲です!」


 統合航空軍司令部に詰めていた通信員が大声で報告した。


「要塞後方にある前線飛行場と前方飛行場へ帝国軍の航空機が殺到しています! 部隊は必死に応戦していますが、敵の技量が勝っている上に多くの滑走路が使用不能になり、劣勢に陥りつつあります」

「やはり来たか」


 部屋の奥に座っていた忠弥は、静かに頷くと、相原が尋ねた。


「この状況を予想されていたのですか?」

「ああ、出撃機数が同じなら、拮抗状態を打破しようと全力出撃で前線への攻撃を行うと思っていたよ」


 徐々に航空機を撃墜されていき、いずれじり貧になるのなら、動ける間に航空機を出して打撃を与えて優位を得る。

 勇猛果敢なベルケなら絶対に座して滅ぶなどという行為はしない。

 勝機があるなら前に出て行く、そこがベルケであり彼らしいと忠弥は思った。

 それに間違った方法ではなかった。

 現に、忠弥達は被害を受けている。


「状況は?」

「前線飛行場と前方飛行場がかなりの打撃を受けています。地上撃破される航空機や、滑走路が出撃不能になっています」

「滑走路を狙うとは、厄介ですね」


 隣にいた相原が唸った。

 飛行機は空を飛んでこそ役に立つ。だが飛び立てなければ、役に立たない。

 離陸するためには滑走路が必要だが、その滑走路を潰されたら離陸できず、良い的になるしかない。

 しかし、忠弥は冷静だった。

 そのことは織り込み済みだからだ。

 飛行機を破壊されることに、飛べないことが悔しくはあるが、ベルケが取り得る作戦の一つであり、意外ではなかったからだ。

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