第101話 空軍の人事
忠弥の戦闘飛行隊が加わってからのヴォージュ要塞上空は連合と帝国の戦闘機が空中戦を展開する状況となった。
毎日双方一〇機以上の戦闘機を繰り出してきて二〇機以上が空中戦を見せる事となった。
地上での激戦の合間に空で行われる空中戦は束の間のショーとなった。
敵味方乱れて広い空を駆け回る姿は、一時の清涼剤となる。
それだけに、敵が落ちれば歓声が上がり、味方が落ちれば悲鳴が上がる。
要塞攻防戦に参加する兵士達にとって空中戦の状況は、自軍の優劣がハッキリと分かる指標となった。
そのことを忠弥は見逃さなかった。
「赤松二等飛行兵曹、五機撃墜の功績によりエースの称号を与える」
「ありがとうございます」
航空基地の一角で忠弥は部下の一人に撃墜記章を与えた。
撃墜数を記録することで個人の功績を認め、五機撃墜で称号を与えるようにした。
当初は軍隊内で功績争いを行うとスタンドプレー、身勝手な行動が増えると危惧されたが、各個の操縦士の士気は向上した。
勿論、逸脱行動に対して厳重な処罰、飛行禁止を命令することで軍規の引き締めも行い、目に見える程の逸脱行為はなかった。
特に忠弥から直接記章を与えられるのは操縦士達にとってこの上ない名誉であり、多数の記者の前で演台で胸に付けて貰えるのは誉れ高きことだ。
式典が終わると、忠弥は幹部達と話し合いになった。
「で、飛行隊の編制はどうだい?」
「飛行機の定数は何とか確保出来ていますが、人員、機材共に少なく。編成は難航しています」
創設されたばかりの空軍のため、人材の育成機関が不完全だ。
例えばパイロットの場合、一般人から始めると次の様になる。
新兵教育――軍人として必要な動作や知識を教え込む初等教育。期間は約二ヶ月。
初等飛行課程――飛行機に乗り、基本的な操縦と必要な知識を学ぶ。期間は約半年。
高等飛行課程――実戦機に乗って、機体に慣れる。また機体の構造、機能を覚え空戦術を覚える。期間は約一年。
以上の三つをこなしてから実戦部隊に配属される。
飛行は初めての人には、多大な緊張と疲労を与えるため半年から一年くらい掛けてゆっくり教える必要がある。
現在は戦争中のため、出来る限り短縮、離着陸や旋回、航法など必要最小限を教えるだけにしている。
また、第二次大戦末期の帝国海軍芙蓉部隊に習い、飛行の予定がなくても教官や同期、先輩の離着陸を見せて、学習させている。
結構、有効なようで教育期間をある程度短縮できそうだ。
優秀な人間は選抜して途中の課程をすっ飛ばすこともしてパイロットの確保に当たっている。
だが、実戦部隊に配備されてからも編隊飛行や戦闘法などを教える必要がある。特に編隊飛行は慣れが必要なため、時間が掛かる。
高騰飛行過程でも教えているが、現場の空気を全て教えられるわけではないし、編隊を組む相手との相性の問題もあり、実戦部隊でも訓練する必要があった。
「幸い、軍内部からの志願者が多く、新兵教育は省けていますが飛行訓練だけは外せません。飛行学校の生徒だけでも足りません」
空軍は新たに出来ばかりの軍隊のため、陸軍と海軍から志願者を募り、優秀な人材を選抜し、組織を作っている最中だった。
特に陸軍からはモゼル会戦の時に航空機の威力を見せつけ、その後も空中で派手な戦闘を行ったため、志願者が多かった。
海軍からも元々技術に強い人間が多いためか機械好きや新しいモノ好きが殺到してきている。
こちらは軍艦を操るため機械に慣れた人間が多いので非常に役に立っている。
あと、空軍の方が待遇面と人事面、特にパイロットが優遇されていることも大きかった。
パイロットは個人技に頼るところが多い。そのためパイロットのコンディションは戦闘の結果に大きく直結する。
そのため、心理面を含めて快適に過ごして貰うために福利厚生が良かった。
そして、パイロットの技量は経験に比例するため若い内から慣れておかないとだめだ。
だから若年から教え込む必要があり結果若い人間を求めている。
しかも、パイロットというのは体力勝負で若い内でないと任務を全うできない。
特に激しい空中戦を行い強いGに晒される戦闘機パイロットにはそれが顕著で、身体が酷使され、二十代三十代が中心となる。現代でも戦闘機パイロットの平均引退年齢は三五歳前後とされているから過酷な仕事となる。
故に戦闘機パイロットは若年層が中心だ。
そして編隊飛行、部隊行動を取るとなると指揮官やそれを補佐する隊付将校も若くなる。
地球の軍隊では慣例で将軍以上は航空機の操縦をする事がないため、大佐クラスが空の最高指揮官だが、三十代で大佐クラスも珍しくない。
第二次大戦のエース、アドルフ・ガーランドは三〇歳で将軍になっている。
海軍や陸軍なら早い人間でも四十代半ばでようやく将官になれる。
ちなみに山本五十六が四五歳で少将に昇進しているので空軍の昇進は戦時である事を加味しても早い。
早い昇進は上昇意欲の高い若い人間にとって魅力的であり空軍の人気の秘密だった。
また、忠弥が米国空軍を参考にしてパイロットを全員、士官とする方針を示していたことも大きい。
パイロットには様々な教育を施す必要があり、士官クラスの教育が必要と判断してのことだ。
現状は士官の数が足りないため下士官兵からも採用し、飛行兵もいるが、一時的な処置であり、彼らもいずれ教育を施した上、士官へ昇進させる事が公表されている。
士官学校を卒業しなければ士官になれない皇国軍の現状では兵卒からでも士官になれるという立身出世の機会があることは大きな魅力だった。
だが、一番大きな理由は、空軍が新組織である事だ。
パイロットは勿論、あらゆる職種、整備、管制などの飛行機特有の支援兵科は勿論、物品を管理、購入する主計科、健康を管理する軍医科、飛行場を整備する施設科など全ての職場で人間が足りないため、志願者を入れて優秀な人間を次々と選抜して上長へ付けている。
多くは昇進も伴い元の所属より二階級上がったという事例も多かった。
以上の理由から、海軍や陸軍で優秀だが様々な理由から出世コースを外れた人材が集まってきていた。
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