第94話 運用方針の対立
「航空大隊の分散投入は止めて頂きたい」
ベルケを落としてから数日後、不満げな顔で忠弥は軍司令部で意見を述べていた。
「航空偵察や連絡の重要性と優位性は理解しています。そのため地上部隊が航空機を必要としていることも。ですが各師団に航空機を分散して派遣されては航空機の集中管理、投入が出来ません」
現在、前線に展開する各師団への航空支援の為に軍司令部は航空大隊から航空機を各師団へ分遣するようになっていた。
各師団がいちいち軍司令部に窺いを立てて航空機を飛ばして貰うより、師団の元に航空機を派遣して貰い受け取った師団が直接命令を下して飛ばす方が簡単で便利だからだ。
しかし航空機があちこちに派遣されるようになり航空大隊本隊の機数が減っている。
これでは集中的に投入して戦力として活用することは難しい。
航空機は機動性に優れ集中投入できることが長所だ。
滞空時間が短いのが弱点だが、それは敵も同じ。
敵が少ない場所、時間を見定めて集中投入して優位を獲得し勝利して引き上げる。
それが、航空戦だった。
だが、各師団に派遣されてしまうと集中投入が出来ない。
しかも派遣された航空機への命令権まで奪われるため、派遣先の航空機を忠弥が集結するように命令し、運用する事も出来ない。
これでは航空戦で勝つことが出来ない。
「偵察や連絡用の機体は分かりますが、その護衛に戦闘機までが投入されるのは納得いきません」
一番問題だったのは、連絡機や偵察機の護衛のために戦闘機まで分遣命令が出ていたことだった。
戦力の分散投入は愚の骨頂であり避けるべきだ。
特に敵戦闘機に対する重要戦力である戦闘機を各師団に分割されることは忠弥は避けたかった。
「だが、各師団は航空機を求めている。護衛無しで飛ぶのは危険だろう」
「理解しています」
司令官の反論に忠弥は同意した。
無防備な偵察機は敵戦闘機の獲物でしかなく、護衛が必要だ。
戦闘機に偵察をさせれば良いのではないかという意見もあるが、忠弥は却下した。
操縦と偵察を同時に行える操縦士はいないし、敵戦闘機に対する見張りと警戒がおろそかになり撃墜されてしまう。
だから、二人乗りで操縦と偵察を分担できる偵察機を飛ばし、戦闘機はその護衛に専念するのが一番合理的だった。
「しかし、航空大隊から分遣するのではなく、師団用の航空部隊を編成し配備するべきです。そして戦闘機は航空大隊で集中投入するべきです」
「各師団の偵察機や連絡機はどうなる」
軍司令官は忠弥に尋ねた。
「監視網を作り上げて、敵機が侵入した場合には迎撃で対応します。各師団の航空機は離陸を見合わせて下さい」
「見殺しにするのか」
「兵力を分散投入しても各個撃破されるだけです」
実際、各師団に分遣されてから戦闘機を含む多数の未帰還機が発生していた。
これ以上損害を増やすわけにはいかなかった。
「そもそも、師団付属にして偵察が必要な状況でしょうか。敵は塹壕を掘り、我々を待ち受けています」
戦争初期のモゼル会戦によって大損害を受けた帝国軍は後退し防御に有利な場所を選んで陣地を構築、塹壕を掘って待ち受けていた。
意外と強固な防衛網に連合軍は攻撃できず、同じように塹壕を掘って防衛する準備を整えるという状況に陥った。
「迅速に移動する必要が無いのであれば、師団への分遣など不要でしょう」
機動戦であれば、迅速に情報を収集し情報と命令を伝達するために師団が必要だ。
だが膠着状態、それも陣地線なら自分の陣地内に有線電話を構築することが出来るし、情報も軍司令部から送ることが出来る。
分遣する必要など無いはずだ。
「このままでは損害が大きくなり航空部隊は壊滅します。集中投入をお願いします」
「善処しよう。しかし、敵の陣地を突破すれば追撃となり偵察が必要だ。そのために一番有効なのは航空機であり、各師団の元に置いておくことが最も有効に活用できる。そのことを肝に銘じたまえ」
軍司令官の返答に忠弥は落胆して軍司令部を後にした。
結局の所忠弥は交通兵中佐であり、航空大隊は軍司令部の指揮下で命令を受ける立場だ。
航空戦のことを分からない将軍達が自分たちに都合の良いやり方で飛行機を動かしているだけだった。
忠弥は司令部に戻ると上申書を書いた。
航空部隊を独立させ空軍として陸海軍に並ぶ軍隊にして航空機を機動運用し一戦線に集中投入出来る環境を作り上げる事を提案する物だった。
そして司令部に送ると共に義彦の元にも送った。
上申書司令部に握り潰される事は分かっている。だから握り潰されても直ぐに議会で通るように義彦を通じて空軍創設が叶うように手を打ったのだ。
忠弥は書き上げると、直ぐに司令部と義彦に送るように命じた。
そして書きものをした疲れを解そうと外に出た直後上空に多数の航空機の音が響いてきた。
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