第93話 ビクトリーロール
「戻ってきたぞ!」
忠弥の機体が現れると見張り員が大声で知らせた。
手空きの者が集まっているのを見た忠弥は、操縦桿を少し引き上げ左一杯に倒し、機体を左に回転させた。機体が上下逆になっても続け三六〇度回転させるエルロンロールをしてから着陸態勢に入り、滑走路に進入した。
「お疲れ様です司令!」
忠弥が帰還すると基地要員が総出で迎えた。
「どうでした!」
「ベルケを落としたよ。エンジン部分に命中したら多分生きている」
「おめでとうございます」
忠弥が言うと、歓声が上がった。
「待つんだ。急降下して離脱したかもしれない」
忠弥は沸き立つ皆を抑えた。
襲われてから離脱するために急降下するのはよくある手だ。そして銃撃した後、急降下する姿を見て、撃墜したと勘違いする事もよくある。
だから撃墜に疑問が生じるのは古今東西よくある事だ。
万が一見間違えている可能性もあり、忠弥は慎重だった。
誤報だったら皆の士気が落ちて仕舞うからだ。
しかし、それは杞憂だった。
指揮所から伝令が電文を振り上げながら掛け寄り報告する。
「地上部隊がベルケ機の撃墜を確認しました! 間違いなく落ちています!」
「何とか撃墜出来たか」
再び沸き立つ全員に忠弥は安堵の吐息と共に答える。
忠弥の考えた手は相手を撃墜するための新型機、本格的な戦闘機を導入して撃破することだった。
戦争が始まって直ぐに航空戦になる事を忠弥は予測して戦闘機開発を命じていたのだ。
そして、開発に成功すると直ちに量産を寧音に依頼。寧音はその要求に応え岩菱の全力を以て量産体制を整えた。
その第一期の生産分が届いて慣熟飛行を行っていたのだ。
ようやく今日になって十分に実用に耐えられると判断し、出撃したのだ。
もう一つの決め手は空戦技だ。空中戦を考えていたベルケでも実戦経験も殆ど無いし理論も殆ど頭にない。だが忠弥は二一世紀の日本から来ており、二〇世紀に起こった空中戦とその戦技の知識があり利用させて貰った。
今回使ったのはインメルマンターン、敵機の背後に捕まりそうになったら急上昇して捻りつつ宙返りして敵機の背後に付く技だ。
新型機が到着してから忠弥は練習して物になり、今回使って勝利出来た。
「しかし、素早い航空機ですね」
万が一に備えて、ベルケを撃破し損ねたときに備えて離れたところで二番機に乗って援護していた昴が尋ねる。
「速力を第一に考えたからね。出来る限り、素早く移動して敵の背後を占められるようにした。同時に敵に後ろに付かれても速力で振り切れるようにした」
「プロペラに装甲板がありませんね」
「速力の邪魔になるからね。取り外した。プロペラ同調装置を付けているから、不要になった事もある」
プロペラ同調装置とは、プロペラの回転域に機銃を取り付ける時に付属する装置だ。
トリガーを引いても機銃の射線とプロペラが重なるときだけ、機銃の引き金が外れて射撃できなくなる。プロペラが通り過ぎたら、また射撃できるのだ。
迂遠な方法で発射速度が遅くなるのではと不安視されていたが、プロペラは高速で回るため、発射速度は確保されている。
「見事な撃墜でしたね忠弥。私が援護するまでもありませんでした」
「いや、昴が見張っていてくれたお陰だよ。安心してベルケの撃墜に集中できた」
更に決め手として編隊飛行を行った。
必ず複数の機体で、最小二機でコンビを組み一機が攻撃を仕掛けたらもう一機が援護と周囲の見張りに回るようにしていた。
今回は忠弥が手早くベルケを撃墜してしまったために昴の出番はなかったが、敵機に狙いを定める瞬間が戦闘機では一番無防備な瞬間だ。
その時後方を守ってくれている存在が居るだけでも安心感が違う。
「互いに援護する部隊単位での戦闘をたたき込んだ飛行隊。そのために戦闘機だけの第四中隊を作ったんだ。この新型戦闘機とロッテ、二機編隊の集団戦法でベルケの戦闘機隊を撃破してやる。これまでの訓練は無駄じゃない。しっかりと発揮して貰うよ」
「はい!」
忠弥の言葉に第四中隊の操縦士達は同時に返事をした。
忠弥の宣言通り、その日から戦闘機を装備した航空大隊第四中隊が連日出撃し、帝国軍の飛行機を撃墜していった。
組織的な戦闘と、本格的な戦闘機という存在はハイデルベルクを空から追い出していく。
時に忠弥以外の操縦士がベルケの戦闘機と対戦する事もあったが、忠弥によってたたき込まれた編隊飛行により、誰一人撃墜されることなく、追い返すことが出来た。
ただ、ベルケを撃墜できないことに地団駄を踏んで悔しがる事が多かった。
制空権を奪回したこともあり、連合軍の航空偵察活動は再開さる。
航空隊からもたらされた情報を生かし、連合軍地上部隊は陸戦を優位に立たせていった。
そして今回の制空権奪回の立役者である戦闘機の増備が決定し、大量生産が決まった。
先の会戦での航空大隊の功績もあり新たな航空大隊の編成と増強が決定していた。
このように航空機の力を見せつけ実力を付けつつあった忠弥達の将来は順風満帆に見えていたが、危機はすぐそこに迫ってきていた。
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