第92話 ドッグファイト

「やっぱり落ちたか」


 テストが撃墜された、という報告を受けた忠弥は溜息を吐くように言う。

 本人が無事である事も報告され、ほっとしたのも肩を落としただけで済んだ理由だった。


「分かっていてアイディアを教えたんですか」


 聞いていた昴が尋ねる。


「自ら失敗しないと納得しない質だからね、テストは」

「そうですね」


 自信満々なのは良いが、見るからに危ない機体を作り上げ、喜々として飛んでいくのは良くない。

 失敗を経験し、何が良くないのか、失敗の遠因を嗅ぎ取れる嗅覚をテストには養って貰いたい、という思いが忠弥にはあり、あえて見逃した。

 そのためには実体験が必要だが、嗅覚をを体得できるかどうか疑問だったが。


「で、ベルケの相手はどうしますか」

「しばらくは飛行中止だ。今挑んでもベルケには勝てない。被害を最小限に抑えるために飛ばさない」


 撃墜されたくなければ地上で待機。

 それが一番簡単だった。


「諦めるのですか」


 昴が不機嫌に話しかける。

 空を飛ぶことが特権だと考えるのが操縦士であり、忠弥に次ぐ腕を持つ昴は飛行禁止を言い渡されて不満げだった。


「まさか、僕たちがベルケと対戦して、制空権を確立するのが僕たちの役目だ」

「では」


 忠弥の言葉に胸を膨らませて昴は尋ねる。

 答えるように忠弥は笑みを浮かべて言う。


「出撃だ! 明日僕たちは出撃して、ベルケに挑み、交戦し撃退して、空を僕たちの物にする。明日は僕たちの初陣だ」

「いよいよですか!」


 外で待機していた相原大尉がこらえきれず飛びこんでくる。

 他のパイロット達も集まり、忠弥を見る。

 いずれも忠弥に選抜されて編成された新しい部隊の操縦士達であり、ここ数日は新型機と忠弥の課した訓練に励んでいた。

 最初は戸惑っていたが、元々腕の良い操縦士達であり忠弥の考えを理解した彼らは忠実に訓練を受け技量を高めていた。

 腕が良いこともあり、みるみるうちに上達し、本日十分なレベル――ベルケ達に対抗できる練度に達したと忠弥は判断して、出撃を決断させた。


「出撃する。訓練通りに動けば必ずベルケを撃退できる。まあ、小手調べに飛ぶのは私だけですけど」

「そんな」

「隊長だけずるいですよ」


 操縦士達は口々に文句を言う


「済まないな。ベルケとはタイマンで戦いたいんだ」

「ダメです」


 そこへ昴が忠弥にダメ出しをする。


「私が援護に出ます」

「でも」

「ダメです」


 忠弥が反論しようとすると先んじて止められてしまう。

 何より目が据わっており絶対に忠弥一人にしないと語っていた。


「単独行動は危険だと忠弥は訓練の時言っていたでしょう」

「あー、分かったよ。明日は頼むよ昴。けれど、ベルケとの対戦はなるべく一対一でやらせて、ベルケの腕も見たいんだ」

「分かりました。万が一撃墜されそうになったらためらわずベルケを攻撃しますけど」


 凄みのある笑顔で昴が言うと、全員が顔を引きつらせた。




 その日は、ベルケの機体の天下だった。

 秋津皇国の飛行機は飛ばなくなったが、カドラプル連合王国とラスコー共和国の飛行機を撃墜していった。

 また砲兵隊の観測気球を撃墜して連合国の目を奪っていった。

 第一軍を壊滅させられた帝国軍は、わずかな時間だが、息を吹き返す余裕を与えられ、防備を固める余裕が出来た。

 体勢を立て直して再攻勢に出ようという話も出てきていた。

 そのためにもベルケは自ら戦闘機を持って連合の機体を撃墜して行かなければならないと決意していた。

 だが、同時にベルケには不安でもあった。

 あの忠弥が反撃に出て来ないことが怖かった。

 世界初の有人動力飛行を成功させ大洋横断を行った生ける伝説。

 その忠弥が反撃に出てきていないのが不思議であり恐怖だった。

 今、何かとてつもない反撃方法や新型機を作っているのではないかと思うと身が震えた。

 航空分野の最先端を行く忠弥であるから自分には思いもよらない方法で攻撃してくるのではないかと思い緊張する。

 その時、二機の航空機が現れた。

 ベルケは直ぐに機体を正体不明機に向ける。

 翼の国籍マークを見る秋津皇国の機体だった。

 しかも新型機、ベルケは背後に回ろうと旋回するが相手も同じように旋回する。

 ドッグファイトとなるが同時に相手の期待と動きを観察できるようになりベルケは戦慄する。

 低翼の単葉型で驚くべき事にエンジンの上に機銃を二門取り付けている。それでも発砲可能という事はプロペラ域で発砲出来る仕組みを開発している。プロペラの効率は忠弥の機体の方が上であり、推力で負けているる。

 しかも単座で重量軽減が為されており、軽量である事が推察できる。

 空中で相手の航空機を撃墜するために作られた戦闘専用機、真の戦闘機とも呼べる機体だった。それをあの忠弥が操っている。


「くっ」


 それでもベルケは忠弥に挑んでいった。

 空を制し、帝国の戦いを優位に立たせるのがベルケの使命だからだ。

 旋回して背後を狙おうとした。

 一方の忠弥は上昇してベルケの背後に付こうとして旋回し、背後に忍び寄ると急降下して来た。


「シャーンセ」


 ベルケはやって来た忠弥を左旋回で回避する。これで上方を取った。

 急降下で逃げられるかもしれないが旋回性能はベルケが上。上昇してくるところを狙う計画だった。

 素早く周囲に目を配らせて忠弥の機体が何処にいるか探す。


「……いない」


 しかし、下方を見ても何処にも忠弥の機体はいない。墜落した様子も無い。


「まさか」


 頭上を見ると忠弥の機体が捻りながら宙返りしている姿が目に入った。

 躱された瞬間、操縦桿を引いて急上昇、急降下の勢いも使って上昇する。上昇すると速度が落ちるが、旋回性能は上昇――走るのと歩くのでは曲がれる角度が違うのと同じで素早く曲がれる。


「狂ってる」


 上昇中に失速すれば、敵機の格好の的になる危険な飛行だ。だが、それをこなした忠弥の腕が卓越していた。


「援護の機体も居るからか」


 チラリと隣に付いてきている二機目に目をやると、忠弥を攻撃する最良の位置へ銃撃できるように機体を飛ばしている。

 ベルケが攻撃に入ろうとすると銃撃してくるだろう。


「見事です」


 ベルケは賛嘆の言葉を吐いた。

 直後、ベルケの機体を確認した忠弥は一気に降下して旋回中で無防備な脇腹を見せていたベルケの機体に向かって銃撃した。

 銃弾はエンジンに命中、停止させて黒煙を噴き上げながらベルケの機体は落ちていった。

 地上寸前で機体を持ち直し、水平飛行になると不時着した。

 ベルケの無事を確認すると忠弥は基地に向かって戻っていった。

 

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