第88話 初期の空中戦

「直ちに敵第二軍の位置を偵察して貰いたい」


 司令部に戻ってすぐに命令が忠弥に言い渡された。

 敵も飛行機を使い始めたことに焦った司令部は早急に敵第二軍を撃破する必要があると判断して位置を判明させるために、忠弥に出撃を命令した。


「了解しました」


 味方の窮地、会戦したばかりで準備不足。会戦に勝利したものの、後方からの補給が追いつかず追撃が鈍っている。

 ここで効果的に追撃しなければ戦争は膠着してしまうと言う焦りが連合軍全体にある。忠弥もそれは理解しており、反論しなかった。

 忠弥は命令を受領すると航空大隊司令部に戻り、命令と現状を伝えた。


「あのベルケ大尉が攻撃してくるのですか?」


 副長として航空大隊に入って貰った相原大尉が顔を顰めた。

 飛行学校時代に教官としてベルケを指導したこともあり、非常に良く覚えていた。

 空中での機動を研究し宙返りやロールなどのワザを編み出したのはベルケだ。

 当然危険な飛行だったため、教官として幾度も注意していた。


「ああ、まず間違いなく攻撃してくるだろう」


 忠弥も度々、報告を受けていた。だが同時に腕が優秀なのと頭の回転が速いことから将来有望な航空界の指導者として目を掛けていた。

 それが敵に回ったことは皮肉だ。

 非常に優秀な弟子を相手に戦争をする事になる。


「今後は帝国軍の飛行機から攻撃される事はあり得る。全員周囲に注意するように。僕がやったように上空から接近して強制着陸させられることも想定しておくように」


 今日行われた事を知って航空大隊の操縦士達は緊張を高めた。


「では諸君、手分けして敵の第二軍の位置を探ろう」


 忠弥はそう言って彼等と共に出撃していった。

 選んだのは復座型の複葉機で後席には昴が乗っていた。彼女は頻りに拳銃の動作確認をしている。


「使う事は無いと思うけど」

「でも、これが唯一の武器ですから」


 航空機での戦闘を想定していないため、支給されている武器は操縦士の自衛用拳銃だけだ。


「まあ、念の為にお守りを乗せておくか」


 そう言って屋敷裏から望みの物を調達すると怪訝な顔をする昴に渡し離陸していった。

 敵の居る場所は司令部でも予測しており、確定させるの為の飛行だ。

 暫くして忠弥はその地点にやって来た。


「情報は正しいようだね」


 地上を見下ろすと敵軍が集結しているのが見えた。

 多くの敵軍が蠢くように移動している。

 いくつかの連隊旗の形から敵の第二軍である事が分かる。

 第一軍が降伏したことを受けて後退しているようだった。


「写真撮影を」


 昴に頼もうとしたとき、視界の端に映る影があった。

 忠弥は咄嗟に操縦桿を左に倒してフットバーを左に蹴って機体を左急旋回させる。

 昴が何事が起きたのか口を開いたとき、その答えがそれまで機体があった空間を突き抜けた。

 軽機関銃の光だった。

 光を放つ曳光弾の残像が二人の網膜に焼き付いた。

 そして次の瞬間には、一機の飛行機が駆け抜けてくる。

 一瞬だったがパイロットの顔が見えた。ゴーグルで顔が隠れていたが、金髪の碧眼は間違いなくベルケ大尉だった。

 彼が操っているのは複葉機だった。

 ただ、ハイデルベルク帝国で開発されていたオリジナルのようでエンジンを機体後方に置き、主翼からブームを伸ばして尾翼を付けた推進式だ。

 元は写真撮影か偵察用で、プロペラがない分、機首は広々とした前席跡がある。

 そこに置かれているのは偵察員でもカメラでもなく、軽機関銃だった。

 機関銃は連続する銃撃で加熱しやすいため、冷却用にラジエターを装備した水冷式の銃身が付くのが基本だ。

 だが、水がある分一寸した大砲並みに重くなってしまい車輪で引いて移動する事になってしまった。

 そこで、冷却装置を排除し歩兵数人で持ち運べる軽機関銃が開発された。

 直ぐに加熱して発砲不能や発砲が停止できない暴走もあり得るが、水がない分軽い。

 装弾数を少なくして加熱を抑える工夫をして乗せているのだろう。


「不味いです。このままではやられてしまいます」


 昴は拳銃を握るがリボルバーでは装弾数が六発しかないし、連射速度も低い。何より銃身が短いし不安定な機上では狙いが定まらない。

 不時着したときの護身用として支給されているのだから仕方ない。


「昴、合図したらお守りを投げて」

「は、はい」


 忠弥は機体を反転させて味方の方向へ逃げようとした。

 一方のベルケは逃がすまいと追いかけてくる。


「向こうの方が優速か」


 予想していたが、ベルケの方が人数が少ない分、軽くて速い。他にも色々と軽量化を図っているだろう。写真偵察用にカメラを搭載しているからなお重い。二一世紀のデジカメと違って性能が低く重たいボディと望遠レンズが足枷になる。

 忠弥は緩やかに下降しながら速度を上げるが、ベルケも同じように降下して速度を上げて追いついてくる。

 やがて機銃の射程に入ろうとした。

 その時忠弥は操縦桿を引いて上昇した。

 突然の上昇だったがベルケは追随し上昇していく。


「昴、今だ!」


 忠弥が合図すると昴はお守りをベルケに向かって投げつけた。

 突然の物体にベルケは機体を反転させようとしたが遅かった。

 物体は翼に当たり、貫通していった。


「当たりました」

「ナイスコントロール!」


 投げつけたのは屋敷に置いてあったレンガだった。

 金属を使い始めた飛行機でも翼は布で作っている。レンガを投げれば簡単に貫通する。

 穴の空いた主翼は揚力を失った上に抵抗となり速度を落とす。いや、落とさなければ風圧で穴は大きくなってしまう。

 ベルケは機速を緩めて行く。

 忠弥はそれを見ると直ぐに水平飛行に戻り、自軍に戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る