第87話 初の空中戦

 大戦初期における転換点であるモゼル会戦は連合側の勝利に終わった。

 ハイデルベルク帝国第一軍と第二軍の間に入り込んだ秋津皇国旧大陸派遣軍は、第一軍の進路に陣地を構築、敵第一軍を抑えきった。

 兵力で劣勢だったが、陣地に籠もった上、適切な時期に適切な場所へ兵力を展開し局所的優勢を維持。最終的に第一軍の突破を断念させた。

 最後は北方から駆けつけたカドラプル連合王国軍の来援もあり、包囲された第一軍は降伏。

 二〇万の兵力が降伏した。

 会戦に参加した兵力より多いのは第一軍後方、抵抗の続く中立地帯に置かれた二個軍団も降伏の対象に入れたからだ。

 カドラプル連合王国軍が背後に急行したこともあり、中立地帯の二個軍団も降伏し連合軍は息を吹き返し、攻勢に出た。


「はははっ、我が軍は優勢だ!」


 モゼル会戦において史上稀に見る大勝利を収めた神木大将はご満悦だった。

 徴発した貴族の邸宅を司令部にしており、その庭で昼食を摂っていた。


「それも二宮少佐率いる航空大隊のお陰だ」

「ありがとうございます」


 司令官の横に座った忠弥は恭しく頭を下げた。

 先の会戦では忠弥の飛行機が偵察により敵軍の動きを見て行動した結果、常に相手の先手を取り優位に戦いを進めることが出来た。

 敵の孤立を見つけ、先回りして陣地を構築し、受け止め、敵の逆襲を阻止し、味方を誘導して包囲、降伏させた。

 カドラプル連合王国軍の援護もあったが、一六万対一〇万の戦いは皇国軍の勝利に終わった。


「おお、そうだ忘れていた。君は今回の功績により中佐に昇進だ」

「ありがとうございます」


 今回の会戦の最大の功労者が忠弥であると誰もが認めるところであり、昇進させなければ、不平不満が出るからだろう。

 忠弥の昇進に誰も文句はなかった。

 それ以上に喜ばしいのが、味方が航空機の威力を認識してくれたことだ。

 義彦が議会で演説し航空機の威力について演説。議員達に航空機の将来と威力を聞かせ、航空部隊増強の予算案を通したことが大きい。

 軍部も航空機の威力を認めたため航空部隊の拡大が決定した。

 しかし、航空要員の養成機関が軍部には無いので、飛行学校が再開される事になった。

 それも三~四倍の規模に拡大してだ。

 連合国の他の国も飛行機の威力を認めて航空部隊を拡大するため飛行士を送ると共に自国にも養成機関を創設する動きが加速していた。


「このまま、敵の第二軍も撃破できれば良い」


 ご機嫌だが難しいと忠弥は思った第一軍の降伏は敵も知っているはず、敵は警戒しているだろう。そして人間なので何か対策を施すと考えていた。

 その時空から音が聞こえてきた。


「おお、我々を勝利に導いた飛行機がこうして飛んでいる」


 神木大将の言葉で全員が空を見上げ、忠弥は立ち上がった。


「失礼します!」


 忠弥は駆け出すと司令部に付属した野戦飛行場に駆け込む。


「回せ!」


 待機していた一機に忠弥は飛行服無しで乗り込む。整備兵がエンジンを回す間にゴーグルを掛け、エンジンを動かしそのまま離陸していった。

 上昇すると、直ぐに先ほどの飛行機の位置を確認する。


「いた」


 直ぐに下方に先ほど見た敵機を確認する。

 忠弥は、航空マニアだったこともあり飛行機の形を全て覚えている。

 遠距離でも一瞬で識別できる。

 型は同じだが塗装の違いから味方でないことを確かめると、太陽を背にして上空から襲いかかる。

 急速に接近すると、操縦桿を引いて敵機の上方に占位する。


「!」


 いきなり上空に現れた飛行機に敵の操縦士は、驚く。

 直ぐに左に避けようとするが忠弥は先じて左に移り進路を妨害する。

 その後も敵機は右に左に逃げるが、忠弥が常に先回りしている。

 いっそ降下するが、寧ろ忠弥の望む所だった。ピッタリと上空から離れず、敵機は高度を落として行く。

 そして、牧場の上空で、境界を示す林が目の前に迫ってきたとき、忠弥は車輪で敵機の上翼を押し付けて無理矢理下に押し付けた。

 敵機は慌てて上昇しようとするが、忠弥に押さえつけられて上昇できなかった。

 やがて林が近づくと観念して牧場に着陸した。

 それを見届けた忠弥は機体を上昇させる。

 ほんの数メートルの高度差と速度差を生かして林の木の梢の先を掠めながら空へ帰って行った。

 敵機は林の前で停止する。

 そこへ皇国軍の兵士が集まり、敵機の操縦士を囲んでいた。

 忠弥は直ぐに着陸して敵機の元に向かう。

 皇国軍の兵士は忠弥も敵の操縦士だと思い銃を向けてきたが、軍服と少佐の階級章を見ると直ぐに姿勢を正して捧げ筒をした。

 忠弥は手で制すると捕まったパイロットの前に立つ。


「やっぱり君かフート」

「忠弥さん」


 飛行学校で教えていたハイデルベルク帝国の軍人だ。


「まさか、あんな飛行をされるとは思いませんでした」

「君は腕は良いんだけど編隊飛行の時、他の機に近寄られるのを恐れるからね」


 彼には編隊飛行の訓練で幅寄せしていくと逃げていく癖があったので、忠弥はその癖を利用させて貰った。


「偵察かい?」

「はい、その通りです。我々飛行学校出身者を集めて敵軍への偵察を行うように命令されました」


 済まなさそうに言うフートを宥めつつ忠弥は話したがその殆どは予想したとおりだった。

 ハイデルベルク帝国も先の会戦で飛行機によって偵察されて敗北したことを認識しその対策として飛行機を掻き集めて敵軍への偵察を行っているとのことだった。


「特にベルケ大尉は熱心ですよ。敵機を撃墜するべきだと言っていましたから。貴方でも見つけ次第撃墜するでしょう」

「だろうね」


 ベルケは飛行機の未来とその有効性を理解していた。

 敵が飛行機を使えないとなればどれほどの損害になるかを理解している。

 だからこそ飛行機を撃墜するための手段を、戦闘用の飛行機、戦闘機の開発を主張していた。


「気を付けて下さい」

「そうもいっていられないね。こっちも制空権を、空を握らないと勝てないから」


 一陣の風が吹き抜けた。

 忠弥は空を見上げた。近いうちに戦場になる空を。

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