第86話 モゼル会戦

「何処の戦線も突破されていないようだね」


 士魂号普及型で戦場上空を飛びながら機長席に座った忠弥は呟いた。


「穴蔵に籠もっていれば平気ですから」


 隣の席に座った昴が言う。

 戦闘が始まると敵の状況を把握する必要があると言って忠弥は文字通り飛び出した。

 そして両軍がぶつかる戦場の上空を飛んでいる。


「しかし近づきすぎでは? 砲弾が当たったらどうするのです」

「この高度までは届かないよ」


 忠弥はたしなめる昴に言う。

 遠距離砲撃がまだ盛んではないこの時代では忠弥を撃墜出来るような砲撃はない。


「おや、敵の様子が変だな」


 戦場の後方で敵軍が自軍右翼へ、皇国軍の左翼側へ兵力を移動させている。

 皇国軍の陣地からは小高い峰の連なりが邪魔して見えにくい場所だ。


「南側から攻めて分断して合流を図る気だろう」


 南から進軍してきた皇国軍は連絡線を南側に伸ばしている。

 ここを攻撃して分断すれば、皇国軍は孤立し戦闘不能になる。

 一方の帝国軍は敵を分断できた上に、味方との合流が可能になる。

 正に一石二鳥の作戦だった。


「バレていなければな」


 忠弥は飛行機を旋回させて敵の上空へ行くと、敵の行軍の様子を写真に収めるよう後席の写真員に命じた。


「直ぐに皇国軍司令部に帰還する」


 忠弥は直ぐさま軍司令部近くに設置した牧場の牧場を整地して作った野戦飛行場に降り立つとバイクを走らせて皇国軍司令部に向かう。


「失礼します。敵軍は南側に兵力を増強しています」

「本当か」


 神木大将は忠弥の報告に立ち上がった。

 軍司令部は情報が少なくて敵軍の動きが読めずにいた。

 中央突破か、南北どちらかの迂回の三つの行動全てがあり得るため、どの案に備えるべきか。議論していた。

 陣地を出ては損害が大きくなるし、かといってこのまま帝国軍を取り逃がす事も出来ない。

 どうするべきか司令部は悩んでいた。

 そこへ帝国軍が南に向かって迂回するという忠弥の情報は値千金だった。


「待って下さい。そう見せかけて、北から回り込む作戦では?」


 だが参謀の一人が反対意見を言う。

 敵の意図を把握できないので、何か罠ではないかと思ってしまう。臆病では無く、慎重と言うべきだろう。

 その時、航空大隊司令部から一台のバイクが着いた。


「失礼します! 只今現像が終わりました」


 撮ってきたばかりの航空写真をテーブルの上に広げる。

 隊列は全て南へ向けて進軍している。馬車の馬が南へ向かって首を巡らせ歩いている。

 明らかに敵軍が南に向かって主力を移動させている証拠だった。


「直ちに部隊を南に移動させて防御を固めろ! 帝国軍を取り逃がすな!」

「はっ」


 軍司令部は大急ぎで敵への迎撃作戦を計画し始めた。




「敵の勢いが弱まってきていますね」

「ああ、そうだな」


 曹長の言葉に中隊長は同意した。

 先ほど今日何度目かの突撃を粉砕していた。小隊の被害は少ない。

 完勝と言って良いだろう。


「いくらでも来やがれ。そんな事をしても無駄だ!」


 曹長が興奮するのも無理はない。かつての戦争で強固な陣地への突撃で戦友と部下と信頼する上官を三桁ほど亡くしている。帝国軍が逆の立場に立っているのならこれほど喜ばしい事は無い。


「お、隊長、凧モ……いや飛行機です」


 曹長が指差すと中隊長は恍惚とした表情で飛行機を見上げた。

 そして通信等が落ちるのを見ると、自ら駆け寄ってキャッチし中身を確認する


「直ぐに大隊司令部へ向かうぞ」


 通信文を持って大隊司令部に行き大隊長に命令文を渡した。


「敵が南側で突破しようとしている。増援の為に我々からも一個中隊を出すようにとの命令だ」

「是非私にお願いします」


 中隊長は自ら言った。


「前線にいるだろう」

「敵の攻撃は微弱です。一小隊を残しますので、他の中隊が入ってくれれば問題ありません」

「しかし、疲れているだろう」

「敵が南を突破して連絡線を分断しては意味がありません」

「……分かった。直ぐに向かえ」

「はっ」


 中隊長は敬礼すると直ぐさま自分の中隊に命令を下し、南側に向かった。




「敵軍が動き出しました」


 忠弥は再び上空に出ると敵を監視してた。

 直後に、敵の南側への攻撃が始まった。


「敵は、ち-三の地点に砲兵を展開し砲撃しています」


 無線電話で予め設定していた地図座標を報告すると、暫くして味方の砲兵中隊が砲撃を開始した。


「南に反れました。北へ二〇〇メートル修正して下さい」


 暫くして砲弾が敵砲兵陣地の真ん中に着弾した。


「命中。効力射をお願いします」


 敵は狙われていることを知ると直ぐに離脱しようとしたが遅かった。数十発の砲弾が雨のように降り注ぎ砲兵陣地は全滅した。


「砲撃成功。敵の砲兵は全滅しました。あ、敵が突撃に移りました」


 新たな敵の位置を報告すると再び砲撃が始まった。

 砲兵司令部に連絡要員を送り忠弥が観測して砲撃する航空観測射撃。

 好きなときに高度のある場所から偵察して砲撃できるこの方法は航空機があればこそだ。


「敵歩兵部隊壊滅。残敵掃討に移って下さい」


 壊滅した敵の歩兵に向かって味方が突撃する。帝国軍はなすすべもなく撤退。それも出来ない兵隊は降伏した。


「敵の動きがないな。諦めたかな」


 攻撃の為に兵力を集中しても一方的に的確に砲撃され、敵の被害はなし。反撃しようにも味方の位置は帝国軍には分からない。

 一方的に敵の手の内を見ながら攻撃しているようなものだ。

 勝てるはずが無い。


「おや、北に部隊が向かっているようですね」


 忠弥は首を傾げると機体を帝国軍の上空へ向かわせた。


「南からの突破が無理だと悟り、北へ逃げていきますね」


 重装備を置いて敗走している姿が見えた。


「司令部は追撃しようとしていますが、兵力が足りないようです」

「だろうね」


 南側への突破を避けるために兵力を南に集中させてしまっていた。今から北へ向かわせても間に合わない。


「でも味方はいるよ」


 忠弥は機体を北西へ向けた。

 暫くするとカドラプル連合王国大陸派遣軍の本隊が、ハイデルベルク帝国第一軍へ向けて進軍している様子が見えた。

 

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