第85話 航空偵察の威力
「本当に敵さんが来るんでしょうかね? 隊長殿」
曹長が上官である中隊長に尋ねた。
「分からん。あの凧モドキが来てからエライ騒ぎになったことは確かだな」
彼等は秋津皇国派遣軍第一師団第一連隊第一中隊だ。
船に乗って上陸し列車に揺られて、ラスコー共和国北東部のモゼルという都市の近くに来ていた。
しかし情報が入らず混乱していた。
進撃しようにも敵の騎兵の襲撃が多く伝令がこない事がある。
数日前の命令文を渡されたり、前の命令が来ていないのに撤回命令が来たりと大いに混乱した。
「まあ、軍司令部の命令が届いたのは良かったがな」
状況が変わったのは凧モドキこと飛行機が通信筒を落としてからだ。
軍司令部の敵情通達と師団への命令文が一緒に入っており、全軍が孤立した敵第一軍と敵第二軍の間に入り込み迎え撃つ作戦だ。
直ぐに行軍準備を整え終えた時には旅団から作戦命令が届き直ぐさま行動開始。
初めての土地で歩き続けて迷った事もあった。
ラスコー共和国軍が提供してくれた地図が驚くほど不正確で読みにくかったこともあり、自分の位置を見失ってしまった。
だが、その度に飛行機がやって来て正しい現在位置と航空写真の地図で道順を教えてくれたために最短時間で到着出来た。
今は目的地に着いて陣地構築作業を行っている。
「本当に敵は来るんでしょうか」
「さあな。まあ味方は来ているがな」
報告を聞く限りでは第二師団、第三師団も来ている。
広い戦場にも拘わらず、迅速に到着出来たのは凧モドキ、いや飛行機のお陰だろう。
敵の騎兵に妨害されず騎馬伝令より速く命令文を伝えることが出来るのは飛行機しか居ない。そのため、命令を受けて行動するスピードが速い。
「隊長、凧モドキです」
上空に一機の飛行機がやって来た。第一中隊の上空を旋回して徐々に下りてくる。
「着陸する気のようだ」
ラスコー共和国北東部は平野が多く、所々に丘がある以外は平らで農耕が盛んだ。少し平らな土地なら着陸できる。
「行ってみるか。それと曹長、凧モドキと言うな飛行機と言え。彼等に失礼だ」
「失礼いたしました」
直ぐに駆け寄ると、驚いたことに師団参謀が飛行機に乗っていた。
「お迎えせず申し訳ありません」
「いや、気にすることはない。通達していなかったからな」
師団参謀は敬礼もそこそこに、持っていたマップケースから地図と写真を取り出して現状を伝える。
「敵軍の先頭はこの辺りに向かって来ている。君の中隊が正面からぶつかる。陣地を徹底的に強化しておいてくれ」
「は、はい」
「……まだ理解していないようだな。少し空を飛んで見ろ」
「……は?」
師団参謀の言葉が理解できないまま、中隊長は士魂号普及型の後ろの二座席の一つ師団参謀に続いて座り、そのまま空へ。
動揺して思考不能になっているところへ師団参謀の言葉が響く。
「あれが君の中隊の陣地だ。他の中隊との接続部が脆い。直ぐに改良したまえ」
「は、はい」
中隊長は慌ててメモを取る。
「それでは敵軍の場所まで行こう」
「え?」
驚いていると師団参謀はパイロットに命じて敵軍の方角へ向かう。
三〇分もしないうちに、行軍中の敵が見えてきた。
「また、大分近づいて来たな。夜間強襲の可能性もあるが敵の攻撃開始は翌朝だろうな。君の中隊は出来れば今日中に陣地を完成させ迎撃準備を整えてくれ」
「は、はい」
周辺偵察を行っていた中隊長は驚いた。
先ほど敵の居た場所は自分も偵察の為に通っており、騎馬でも一日はかかる。そんな場所まで飛行機はあっという間に来てしまった。しかも敵を上空から見下ろせる。
大地を埋め尽くすような敵の大軍も、それを見下ろす飛行機の性能の前には霞んで見える。
そして離陸から一時間後、飛行機は再び中隊の陣地に戻った。
時計を確認すると一時間も経過していなかった。
「それでは陣地の構築を頼むぞ」
「は、はい!」
中隊長は敬礼して飛行機に乗り込む師団参謀が離陸するまで見送った。
「隊長! 大丈夫でしたか」
「あ、ああ曹長」
はじめは戸惑っていた隊長だったが、徐々に空とをんだ時の記憶が蘇り興奮し始めた。
「陣地の構築を急がせろ! 他の部隊との接続部はやり直しだ。敵は今夜か早朝にやってくる陣地構築は日没までに完了させるんだ!」
「は、はい!」
突然興奮したように捲し立てる隊長に曹長は驚いたが、命令であり従った。
部下の元に駆けて行く曹長を見ている中隊長はまだ興奮から抜け出していなかった。
そいて翌朝歴史に名が残るモゼル会戦が始まった。
翌日早朝、大量の砲弾が秋津皇国軍の陣地に降り注ぐ。
「来ました!」
先日確認したばかりの敵軍だ。
その数八個師団一六万人はいるだろう。
一方の秋津皇国軍は三個師団一〇万。数は劣勢だった。
しかし、航空機の偵察と誘導により迅速に展開した各部隊は陣地を構築して待ち構えていた。
膨大な砲弾が降り注ぐが、全員が穴に籠もっているため、被害は最小限で済んでいた。
「暫くは持ちますよ」
南方戦争帰りの曹長が言う。
大洋の南方にある大地を巡る他国との争いで起こった戦争で、開けた平野で銃撃砲撃を受ければ忽ちの内に一個連隊二〇〇〇人が一個中隊二〇〇人にまで減ってしまう。
そんな地獄では陣地が必要である事を魂にまで刻み込んでおり、唯の穴蔵でも砲撃には直撃以外、爆風と砲弾片の嵐に耐え意外と死傷者は少ない事を学んでいた。
「砲撃が止みました。連中突入してきますぜ」
「配置に付け!」
隊長の命令で、部隊は直ぐさま壕を出て銃を構える。
目の前には突撃してくる帝国兵がいた。
だが、陣地までの距離は十分ある。十分に引きつけてから隊長は命令した。
「撃てっ!」
中隊が一斉に銃撃を浴びせた。
忽ちの内に十数人が倒れる。その後も散発的に銃声が響き次々と倒れる。
側面からの機関銃射撃も行われ、倒れる人数は増えていった。
それでも鉄条網に取り付く敵兵はいたが、直ぐに打ち倒される。
「終わりました。敵は撤退しています」
「損害報告を」
曹長が確認してくると味方の損害は不幸な死者が二名に負傷者七名のみ。
一方の敵は、見た限り一個大隊近くの兵員を失っている。
結局鉄条網を越えた敵兵はいなかった。
「大勝利です。陣地を作った甲斐がありました」
「ああ、そうだな」
曹長が喜んで言う。先の戦争で自分の命を守った壕が再び役に立ったと。
だが中隊長は別の意味で震えていた。
陣地を構築するのには時間が掛かる。そして敵が攻めてこなければ、作った意味が無い。
要所要所に要塞を作るのは敵が確実に来るので守り切るためだ。
野戦だと敵軍にも行動の自由があり何処を通るか分からない。
だが航空機によって敵の動きを見ていた場合はどうだ。
先回りして優位な地形を占有して陣地を作る事が可能。
しかも、移動も航空機が援護し誘導してくれれば迅速に行軍できる。
「航空機か」
思わず中隊長は笑い出した。曹長は中隊長が気が触れたのではないか、と思った。
ただ命令を聞いていれば良いだけと考えている曹長には士官という生物は理解不能であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます