第84話 古い戦争

「我が軍の現状はどうなっているんだ!」


 秋津皇国旧大陸派遣軍司令官神木大将は司令部で怒りをぶちまけた。

 宣戦布告して直ぐに動員され出征した秋津皇国軍は三個師団から編成され約十万の兵力を編成して旧大陸へ上陸させていた。

 ハイデルベルク帝国の進撃は予想外に速かったが中立国が武装中立、自らの中立を犯す者は実力を持って抵抗しなければ国際的信義を維持できない、と頑強に抵抗し主力の移動が遅れたため旧大陸へ上陸する猶予を得られた。

 しかし、ハイデルベルク帝国の急速な進軍、特に騎兵部隊による進撃で電信線が破壊され、状況把握が不可能になっており敵の位置さえ判らなかった。


「味方は何処にいるのだ」


 何より苛立たしいのは味方の位置さえ不明なことだ。

 騎兵でさえ一日に百キロ程度しか走れない。

 遠くの部隊だと伝令が到着するのに二日かかる事も珍しくない。それから情勢を検討して命令を下し伝令を送り返しても更に二日のタイムラグが生まれてしまう。

 しかも敵の騎兵が侵入してきているため、伝令が倒されることが多く命令が伝達されない事態が多かった。

 司令部にやって来る伝令は少なく、指揮下の部隊にたどり着く伝令は更に少ない。

 正しい現状把握さえ不可能に近く、命令できずにいた。


「味方の位置さえ判らないとは」

「味方は、ここから北方に展開しています」


 司令部に少年の声が響いた従兵かと思ったが、軍服を着ている。

 兵科章は交通兵だが、少佐である。

 誰かと神木は思ったが直ぐに自分の指揮下に新しく送られてきた航空大隊がいたことを思い出した。


「第一師団が中央、第二師団が右翼、第三師団が左翼です。それぞれ十キロほどの間隔を保って前進中です」

「何故そう言い切れる」

「飛行機で飛んで確認しました」


 疑う神木大将に忠弥は自信たっぷりに言った。


「証拠はあるまい」


 神木が言うと忠弥はマップケースから数枚の写真を撮りだした。


「先ほど現像されたばかりの航空写真です。全ての部隊が映っています。各連隊の馬印も」


 秋津皇国は中央集権化前の諸侯連合の時代の名残で近代化されても各連隊には諸侯時代の歴史と伝統を継いでいる。馬印もその一つで各連隊は独自の馬印がある。


「上空からでも部隊識別が分かりやすくて助かります。全ての部隊を把握しています」

「だが、敵の居場所は分からんのだろう」

「そちらも分かっています」


 忠弥は別の写真を数枚出した。


「敵の第一軍は我々より二十キロ先のモゼルにいます」

「六個軍団、一二個師団、二五万か」


 ハイデルベルク帝国は大型の軍隊を採用しており一個軍の大きさが他国より大きい。

 自分たちの二倍以上の戦力に司令部は恐れを抱いた。


「他の帝国軍もいるだろうし、正面切って戦うのは難しい」

「ですが、敵の第一軍は第二軍のとの間が開いています。その間は五〇キロ以上。事実上孤立していると言って良いでしょう。攻撃すれば撃破できます」

「我々との兵力差は大きい」

「いいえ、どうも後方警備に部隊を分けているようで前線に居る部隊数は少ないです」


 実際、ハイデルベルク帝国第一軍は通過した中立国での抵抗が未だ激しいため二個軍団を後方に置いていた。


「それでも一六万か。我々より多い」

「ですが敵は孤立状態です。当然味方と合流することを考えるでしょう。敵第一軍と第二軍の間に割り込み進路を塞げば迎え撃てます。その間に防御を固めれば対等以上に戦えます。しかも近くにカドラプル連合王国派遣軍がいます。彼等の兵力は五個師団、兵力は我々と同じ一〇万ほど。挟撃すれば勝ち目はあります」

「ふむ」


 神木は暫し考えた後に命じた。


「よし! 貴官の作戦案を採用しよう。しかし、各師団への連絡が行えるかどうか」

「それも我々航空大隊にお任せ下さい。命令文を書いて頂ければ、飛んで各部隊へ届けます。師団のみならず、その傘下の旅団、連隊へも指令を届けることが出来ます」

「命令系統を無視する事になるぞ」

「司令部の意向を連隊レベルまで届かせることが出来ます。師団に命令を伝えてもそこから旅団、連隊と連絡が届くのに時間が掛かります。敵が合流する前に撃破するには各連隊へ我々が直接通信文を落として知らせる法が効率的です。場合によっては師団司令部の命令を各旅団に送ります」

「……そうか。直ちに実行しろ」


 神木は参謀達に命令して命令書の作成を命じる。

 忠弥は受け取った命令文を持って自らの航空大隊へ戻っていった。


「見事ね忠弥」


 側で見ていた昴が言う。


「飛行機に得意なことが出来るからね」

「でも、使い走りみたいね」

「まだ航空機の力を知らないらしいからね。なら力を見せつけるだけだ。航空大隊指揮所に中隊長を集めておいてくれ」


 忠弥は指揮所に戻ると、集まってきた中隊長達と相原大尉に命令を下した。

 四人乗りの士魂号普及型を装備する第三中隊は小隊毎に各師団へ行き、師団司令部の要請を受けて偵察と連絡を行うようにする。

 練習機を改良して作った復座複葉機を装備する第二中隊は地形の写真偵察を行うと共に敵味方の動きを確認。

 二機種混在の第一中隊と本部は他の中隊の予備と緊急連絡の為に待機させる。


「使い走りですか」


 副長の相原大尉が溜息を吐く。

 海軍だが、飛行機のことを知っている軍人で第一人者は相原大尉であり、是非とも部隊に来て貰いたくて特例で配属して貰った。

 そのため当初は意気軒昂だったが具体的な命令や行動がないことにこのところ落胆していた。


「そうなるな、だが我々は他の誰よりも上手くやり遂げられる」


 分散させることになるが、今航空機に出来る事はこれぐらいだ。

 だが、今までにない働きをする事になる。

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