第83話 航空大隊
「妙なことになったな」
軍服を着た忠弥は一人愚痴る。
忠弥がいるのはパリシイ郊外の飛行場だ。
船から降ろして組み上げた飛行機を展開している真っ最中だ。
どうしてこうなったか、忠弥は今一度確認して見ることにした。
旧大陸は大きく分けて四つの勢力がある。
大陸近くの島に存在するカドラプル連合王国。
大陸の半島部にあるラスコー共和国。
大陸中央部にあるハイデルベルク帝国。
大陸奥地のルーシ大公国。
他にも国があるが小国か国力が小さいため、以上の四カ国に対して影響力は小さい。
近年小国が集まって出来たハイデルベルク帝国は、新興の国だが、周囲を他の四大国に囲まれている。しかも小国の集まりだったために、未だに帝国に対して反抗する勢力が多い。
特に東部はルーシ大公国と近いため心情的にも経済的にもルーシ大公国寄りの人間が多い。
そのため帝国からの独立を主張する一派がいて過激な活動を行う人間がいる。
大公国もここ最近強大になった帝国の弱体化を図り過激派を密かに支援していた。
その一つが帝国の皇太子を殺害してしまった。
当然帝国は過激派を弾圧するが、大公国はこれに異議を唱え対立。
元より国境問題や経済問題も発生していたため、双方が宣戦布告するのに時間は掛からなかった。
普通なら帝国対大公国との戦争で終わるが、大公国は帝国と対抗するために共和国と攻守同盟を結んでいた。
攻め込むときも守るときも共に行動する同盟で、この同盟により帝国を牽制するのが目的だった。
しかし、帝国はあっさりと宣戦布告し共和国も参戦することになる。
帝国も当然、それは承知しており、共和国の参戦を念頭に作戦を立てていた。
だが、その作戦は共和国を先に攻撃して屈服させ返す刀で大公国を攻めるという都合の良い作戦だ。
大公国を後にしたのは、大陸の奥地故に兵力を移動させるのに時間が掛かると予想したからだ。だが、タイムリミットがあり、共和国を迅速に殲滅する必要がある。
そのために帝国が行ったのは共和国が無警戒な中立地帯から攻め込むという作戦だ。
以前の時代なら中立など空手形のような存在であり、踏みにじられても誰も哀れむことはないし非難されることもない。
だが、この中立地帯の中立を保障していたのは連合王国だった。
大陸の利権を守るために中立を保障するため、もし中立が破られたときは連合王国が防衛に参戦すると約束していた。
開国後、急速に力を付けるため、連合王国との関係を強力にするため同盟した秋津皇国も中立の保障を行っており、自然と秋津皇国も参戦した。
こうして帝国は自分以外の三大国と秋津皇国からなる連合軍を相手に戦争する道を進む事になった。
「第一次大戦と似たような物か。しかし、あっという間に進みすぎだ」
忠弥は前世の記憶を思い出しながら呟く。
第一次大戦も皇太子暗殺から宣戦布告するまで一月と少しだったし、ヨーロッパ全体が戦渦に巻き込まれた。
今回の戦いも似ている。
飛行学校の生徒達は、それぞれ母国の危機に馳せ参じるべく帰国してしまった。
秋津皇国の生徒も軍に志願しようと離れて行った。
そのため学校は半分閉鎖状態になる。
ただ、航空機の軍事利用に興味を持った軍部が協力を打診してきた。
社長である義彦も航空機の安定した受注先として軍部に期待しており、話を受けるように忠弥を説得した。
そして大陸国である帝国と戦うとなると陸戦が多くなるだろうから、陸軍に行くことになった。
しかし、入ったら直ぐに問題に直面した。
まず、航空機を何処が管轄するかが問題だった。
忠弥は空軍を作って独立させるべきと主張したが、実績の無い航空機を使って新しい軍隊を作るのは危険が大きすぎ、反対も大きいと義彦に言われ断念した。
国政第一党のを率いる義彦でも作る事が出来ないのならしょうが無い
今は実績を一つでも多く作るため陸軍の一部隊として派遣されることになった。
だが、そこでもどの兵科が管轄するかで揉めた。
歩兵、騎兵、工兵、砲兵らが権利を主張したが、どれも飛行機をまともに扱えるとは思えない。
やむを得ず、エンジンを使う自動車を多数装備した交通兵、トラック輸送や鉄道輸送を担当する交通兵が適任という話しになり、所轄は決まった。
そして忠弥以上に航空機を知っている人間はいないため、航空部隊を統括する部隊長に即座に就任し、航空大隊大隊長に任命され、少佐の階級を与えられた。
もっとも、航空機を知っている人間が飛行学校の人間しかいないため、殆どの人間が部隊にスライドしてきているので雰囲気は変わらない。
ただ、交通兵が陸軍の主力である歩兵や騎兵、工兵などより低く見られているため、新設の航空大隊を見る目も冷ややかだ。
若い兵隊や尉官は、新しい物好きと若年故の好奇心で羨望の眼差しを送ってくれているが、上層部、特に将軍クラスになると既得権益を奪う余所者と見られており冷遇された。
島津産業の協力がなければ港に下ろした飛行機を近くの飛行場に輸送して組み立ててパリシイへ空輸することも出来なかったし、地上整備の装備や人員、物資もパリシイまで列車で運べなかった。
寧音が岩菱のネットワークと生産力を活用して手早く準備を整えてくれなかったら上陸どころか部隊に定数分の飛行機をそろえる事も出来なかっただろう。
昴は、ふくれっ面だが生産力が弱い島津では航空機の大量生産は難しい。
岩菱のお陰で一四機プラス予備三機合計一七機を装備する中隊が三つで合計五一機、さらに本部の四機と大隊予備の一〇機で七五機の定数は満たしている。パイロットの数も整備員も揃っている。
だが軍の冷遇ぶりには辟易している。
新設部隊のため、輸送順位や手はずが後回しにされている。
「まあ、下手に干渉されないだけましか」
消極的な無視を行われているため、見当違いの命令は下ってきていない。何の命令も下っていない。
「どんな命令を下せば良いのかも分からない、と言ったところか」
忠弥の呟きは的を射ていた。
飛行機という新兵器は、旧来の思考しか持たない将軍達に取っては理解の外にある装備をどのように使えば分からなかった。
「それでどうしますの?」
傍らにいた大尉の階級章を付けた昴が尋ねた。
忠弥が従軍するなら自分も従軍すると言って付いてきてしまった。
女子の従軍も、華族――これまでの功績により島津も爵位が与えられ、一人娘の昴に相続権が認められていた。
そして貴族の跡継ぎ故に認められる事もあり特例として入って来た。
本音を言うなら安全な公国に帰って欲しい忠弥だが、梃子でも動かない昴を受け容れる事にして言う。
「さてどうしたものかな。情報が少ない」
「新聞報道ではラスコー共和国軍はハイデルベルク帝国へ進撃し勇戦していると伝えていますが」
「先週から同じ場所で戦っているって言っているね」
つまり膠着状態だ。中立地帯の抵抗をあてにして帝国本土へ進軍しようと考えているようだが、相手を撃破できないのであれば危険だ。
「中立地帯の戦況が分からない。帝国軍がどれくらい来ているか分かるかい?」
「新聞にも司令部にも情報は入ってきていませんわ」
「つまり、誰一人まともに情報を持っていないというわけだね」
情報収集こそ戦争の第一歩だ。幾ら計画を立てたところで相手が居る。相手がどんな動きをしているのか知るのが必要だが、将棋や囲碁と違って遠く離れた場所にいる敵の動きを見るのは難しい。
「だからこそ僕たちに価値がある」
「忠弥、何をするのです?」
「簡単さ」
昴が尋ねると忠弥は不敵に笑った。
「僕たちが出来る事で、価値のあることをするんだ。飛行機に出来る事をしよう。空を飛んで偵察だ。敵味方の位置を司令部に伝えるんだ」
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