第82話 テストの挑戦

「では最後に私ですね」


 サイクスの機体が格納庫に戻り、滑走路の点検が終えるとテスト大尉の番だった。

 格納庫から現れたのは、三枚の翼を持つ三葉機だった。

 だが翼は通常の幅で、間隔も大きめに取っている。


「妥当な設計だね」


 翼が多いほど揚力は上がる。

 かといって多すぎると抵抗になるし、間隔が狭くなり揚力効率が落ちて、結局揚力低下になる。

 実用的な多葉機が三葉機までだったことを考えれば設計は妥当だった。

 テストはエンジンを始動させると軽快に回転を上げて行き暖機運転を行う。


「行くぞ!」


 テストは大声で宣言し車止めを外すと大きく手を振って軽やかに滑走路へ向かっていく。


「軽薄で好きになれませんね」

「少し浮かれすぎでは」


 テストの行動を見て昴と寧音が言う。


「まあ、少し浮ついたところがあるけど、飛行機はしっかり作っているよ」

「何処か、浮ついたように見えるけど」


 忠弥がたしなめると昴は首を傾げながら疑問符を浮かべる。


「浮ついたように見えるのは機体が軽いからだよ。高高度を飛ぶために機体をできる限り軽くしているから、動きが俊敏なんだ」

「フラフラしているように見えますけど」

「軽すぎて一寸した操縦桿の反応で揺れてしまうんだ」


 寧音の指摘に忠弥は苦笑しながら答えた。

 安定性と操縦性は相反する。

 安定した飛行を目指そうとすると、直線飛行ばかりして旋回や上下動が難しい期待担ってしまう。かといって操縦性を重視すると、一寸操縦桿を動かす、それも手が震えた程度で機体の動きに反映され、飛行機が揺れているように見えてしまう。

 そこを上手く設計する必要があるが、記録を狙うと極端な性能を求めてしまうため、操縦の難しいピーキーな飛行機になってしまうのだ。

 それでもテストは飛行機を操り、滑走路へ進ませていく。

 加速はそれほどでもなかったが、三葉機の高揚力を生かして、すぐに離陸、上昇していく。

 そして飛行場上空で何度も旋回しつつ、上昇を続けていく。


「うん?」


 その様子を見ていたベルケが気が付いた。


「思ったより速力が速い」

「ああ、上空に行くと空気が薄くなるからな。空気抵抗が少なくなる」


 地上が一気圧の時、一〇〇〇メートル上空だと気圧はおよそ〇.九気圧。

 空気密度が低くなるからだ。


「では上空高く飛べば長距離も」


 忠弥の言葉を聞いていたサイクスが尋ねた。


「ああ、遠くまで飛べる」


 一万メートル上空なら〇.一気圧。地上の十分の一。

 そのため空気抵抗も十分の一であり速力が上がるほど効果がある。

 二一世紀の国際線旅客機が一万メートル上空を飛ぶ理由の一つは空気抵抗が少なく燃料消費が抑えられ長距離を飛べるからだ。


「上空高くへ向かう必要がありますね」

「だが、問題は多い」


 その時、テストの機体が下降を始めた。

 そのまま滑走路へ着陸来たが、テストは降りてこない。


「どうした」


 駆け寄るとテストは身体を震わせながら答えた。


「さ、寒い」


 上空は気温が低下する。一〇〇〇メートルにつき六度は低下する。

 三〇〇〇メートルならマイナス一八度。

 さらに飛行中に風を浴びると風速一メートルにつき体感温度は一度下がる。

 一八〇キロとして秒速五〇メートルなのでマイナス五〇度。

 寒すぎるので飛行機が密閉される理由の一つだ。

 だが機体を軽量化するために風防を取り払っていたのが拙かった。寒さがパイロットであるテストを直撃した。

 しかもテストは自前の飛行服を使っていた。

 標準型の飛行服はつなぎで装着しにくい。

 そこで、テストは上下に分かれる飛行服を作成して装着していた。

 だが、上下の隙間から風が吹き込んでくる。その分寒くなる。

 飛行機の性能が良くなっても装備品へも気を配らないと達成できない。


「知っていてやらせたのですか?」

「まさか」


 寧音が尋ねると、冗談のように昴ははぐらかすが、忠弥は真面目な顔をしていた。


「……本当に失敗すると思っていたの」

「まあ、そうなるな。とは思っていたけど」


 忠弥は前世の記憶亜あり飛行機の事故や失敗例にも詳しい。

 今三人が起こした失敗は昔あった失敗の一つだ。


「じゃあ、どうしてやらせたのですか」

「失敗を実際に経験して貰わないと分からない」


 技術者の勘とも言うべきか、機械を見たり動かしているとその機械が上手く作動するかどうか肌感覚で分かる。

 成功しそうな動き方は勿論、失敗の予兆を感じ取ることが出来る。


「もし、失敗を経験して同じような失敗を犯そうとした時、失敗の予兆を感じ取れたとしたら、回避出来る武器になる。


 現実はゲームではない。

 選択肢は無数に用意されており、しかもどれが失敗か分からない。そもそも自分で目的を打ち立てなければならない。

 攻略本などないし理論書や機体の取扱説明書を見ても全てを理解するのはほぼ不可能。

 ならば彼らが実際に体験して体得して貰うしかない。

 技術は伝授すれば誰でも出来るようになるのが一番だが、経験工学とも言うべき航空機、それも最先端では未知の事象に出会うことが多い。

 それを感じ取り対処できるようになって欲しかったので忠弥はあえて、最小限の口出ししかせず、彼らに任せた。

 経験を積ませるために。

 例え失敗しても、そこから成功へ向かう道しるべを見つけ出すために。 


「やらないと分からない事が多いからな」


 新技術の開発は失敗の歴史だ。

 失敗から何が失敗したのか、改善するべき点は、本当に開発するべきなのか、常に問われる事になる。

 それを体験して貰う為に彼らにそれぞれ制作を命じた。


「よし、早速改良を始めるぞ! 次は時速三〇〇だ!」

「こっちもエンジンの改良だ! 長時間でも高出力を出せるようにするぞ」

「私たちもだ。寒くない飛行服を作るぞ」


 三人はそれぞれの課題を達成するべく動き始めた。


「空を目指す姿は万人共通か」


 三人の姿を見た忠弥は呟いた。

 それぞれ国は違うが空を目指して論じている。

 空への情熱は国を超える。

 だから多くの人が国を超えてこの学校に来てくれている。

 まして現在のパイロットの大半、いや九割はこの学校の卒業生か今在学している。


「争わずに済めば良いな」


 空が軍事利用されたことは知っている。

 このまま行けばこの世界でも遠からず軍事利用されるだろう。

 だが彼等が殺し合うなど見たくない。

 そう思っているとき、一人の生徒が駆け込んできた。


「大変だ! ハイデルベルク帝国で帝国皇太子が東部独立派に殺された!」

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