第89話 翼の上にある機関銃

「攻撃されたのですか」


 ベルケの攻撃を躱し無事に着陸した忠弥は、航空大隊の指揮所に戻ると何が起きたかを話し、集まった操縦士達は驚いた。


「ベルケの奴、恩師に銃を向けるなんて」

「パイロットの風上にも置けない」

「いや、これが戦争だよ」


 忠弥は操縦士達を静かにさせた。

 戦場となったからには恩師も弟子も関係なく敵味方に分かれ全力で戦い合う。サバサバした動きに忠弥は、驚きつつも受け容れていた。


「しかし問題なのは、敵が迎撃に来たことだ。我々の行動は阻害される」


 今日はベルケの一機だけだったが、いずれ複数の戦闘機が敵の上空を守ることになる。


「もしかしたら、明日は我々の上空にやって来るかもしれないな」


 忠弥が言うと、操縦士達は一瞬黙り込んだ。

 出撃しようにも上空を抑えられたら離陸できない。滑走路に出た瞬間、上空から銃撃される。


「直ちに対策を」


 相原大尉が進言してきた。


「どうやって?」

「我々も機銃を搭載して」

「何処に?」

「同じように機首に……」


 そこまで言って相原大尉は気が付いた。

 機首にはプロペラがあり、機銃を付けたら弾がプロペラに当たって破損させてしまう。


「対策は考えてあるけど出来るまでに時間が掛かる。とりあえず後席に機関銃を取り付けて撃つぐらいだけどやってみよう」


 忠弥の指示は直ぐに実行されて、支給された機銃が後席に取り付けられ、出撃していった。

 だが、結果は悪かった。

 飛び立った一機が、ベルケの戦闘機と遭遇し空中戦となった。後方から接近してくるベルケに対して銃撃を加えたが、命中せず。そのうち前方に回り込まれて正面から銃撃されて撃墜されてしまった。


「お前の旋回が遅いんだ」

「お前が撃つのが下手なんだ」


 幸い搭乗者二人は味方の陣地までたどり着き不時着したが、操縦者と銃手が別々で連携が取りにくい欠陥が浮き彫りになった。

 第一二人乗りだと一人分の重量がある分、単座機より機動力が劣るため不利だ。


「暫くの間、出撃は見合わせる」

「偵察任務はどうするのですか」


 忠弥の言葉に相原が驚きの言葉を上げる。


「中止だ。司令部には僕から説明しておく」

「それは無理です」


 忠弥に相原大尉が言った。


「軍では命令は絶対です。下された命令は万難を排して実行しなければなりません」

「だが、勝ち目がないのに出撃させるわけにはいかない。僕が説明しに行く」


 出来たばかりの航空大隊を何より育てた操縦士達を無駄死にさせたくなかった。

 自分一人が汚名を被るなら十分な対価だった。


「自分が何とかして見せます」


 しかし相原大尉が力強く進言して忠弥を止めた。

 彼は直ぐに整備兵に命じて自分の愛機に改造を施した。

 翌朝、相原大尉の期待は新装備が付けられていた。

 支給された機銃だったが搭載位置が違っていた。上翼の上に前方を向いて載せられていた。


「どうですか! これならプロペラに当たらずに撃てます!」


 胴体に機銃を付けたらプロペラに当たる。ならば、プロペラの外側から撃てば良いという発想だった。


「確かにこれなら撃てるな」


 忠弥は少し考えてから相原大尉に出撃を許した。


「大丈夫でしょうか?」


 昴は不安そうに忠弥に尋ねる。


「大丈夫だよ。相原大尉ならあの機体に勝てるからね。すこし手こずるだろうけど、機体の性能は相原の方が上だ」


 二人の会話を知らずに相原大尉は喜んで空に向かって行った。幸運にも直ぐにベルケの機体と遭遇した。

 互いに距離を置いて銃撃を繰り返す。


「む、当たらないな。操縦も難しい」


 相原は銃撃していて当てにくいことに気が付いた。空中戦が難しいこともあったが、機銃の射線と自分の視線が離れているため、ベルケの機体を狙いにくいからだ。


「ならば近づくまで!」


 相原は速力を増してベルケの機体に近づいた。

 ベルケは逃げようとするが、相原の機体の方が素早かった。あっという間に追いつき、至近距離に達する。


「貰った!」


 相原は視界いっぱいに広がったベルケの機体に向けて機銃弾を発射した。

 弾はエンジンに当たり、煙を噴く。ベルケは何とか立て直そうとするが無理だった。

 やむを得ず機体を降下させて近くの平野に不時着した。


「済まないなベルケ。武士の情けで殺さずにしておく」


 相原は不時着を見届け、強い視線を向けるベルケを後に離脱していった。




「忠弥さん! いえ、司令! やりました!」


 ベルケを撃墜した相原大尉は地上に降り立つと、飛行機が停止する前に地面に降り立ち、手を振り大声で自らの戦果を誇らしく報告した。

 初の撃墜に航空大隊はお祭り騒ぎになり、集まってきた全員が口々に相原大尉のことを褒め称えた。


「それでどうして相原大尉が勝てると思ったのですか?」


 今日ばかりは主役の座を譲って静かにしている忠弥に昴が尋ねた。


「聞きたいの?」

「ええ、まるで相原大尉が勝つことを予言していたかのようです。どうして勝てると思ったのですか?」

「彼の機体の方が優れているからさ」

「何故優れていると?」

「推進式と牽引式だと、牽引式の方が効率が良いからね」

「推進式と牽引式?」


 昴は疑問符を頭に浮かべた。


「ベルケの乗っていた機体は見ていたね」

「はい、機体の後方にエンジンとプロペラがありました」

「それが推進式だ。機体の後ろ側にエンジンとプロペラがあり、機体は押されて前に進む。大して僕らの機体はプロペラとエンジンが前にあり、引っ張られて行く。これが牽引式だ」

「どうして相原大尉の牽引式の方が優れているのですか?」

「推進式はプロペラの直径を大きく出来ないんだ」

「何故ですか?」

「離着陸するとき、飛行機はどんな姿勢になる?」

「機首を上げます」

「その時、推進式だとプロペラはどうなる」

「どうなるって機体の後ろにプロペラがありますから……プロペラの端が地面に当たる」

「その通り」


 推進式は牽引式に比べて胴体が短くて済み、抵抗が少なく重量が軽減できる。設計によってはプロペラの後流を尾翼や方向舵に当てて旋回性能を良く出来る。

 だが忠弥が言ったようにプロペラが地面が当たる危険が大きい。特に離着陸時、機首を上に上げる機首上げの時、後部が下がるため、そこに設置されたプロペラが接触する危険が大きいのでプロペラを大きく出来ない。


「プロペラはエンジンの出力を伝える。そのためには大きい程良い。けど推進式だと小さいプロペラしか使えないから、牽引式と比べて推進力が小さくなる。幾ら機体を開発できると言っても、エンジンの開発には時間が掛かる。同じエンジンを使っているだろうから推進力をより効率よく出せる機体の方が勝てるよ」


 推進式でも着陸装置を長くしたり、プロペラの位置を上方へ移したり、浅い機首上げ角度にして離陸するなどの方法はある。

 だがそれぞれ、重量と搭載スペースの増加、重心と推心がズレることによるモーメントが発生し機体のバランスがずれる、より長い滑走路が必要などの欠点がある。

 忠弥もその点を理解しており、推進式の航空機は現状では作っていなかった。


「では、今後は我々が空を制すると」

「暫くはね。でもベルケの事だ。しっかりと対策を立てて、向かってくるよ」

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