第74話 強敵出現
「端的に言って、宮中で飛行が不敬であり問題だと騒ぐ人間がいたことは確かです」
広場が見える建物から飛行の様子を見ていた寧音は言った。
「島津義彦党首の政党が議会で躍進したことを心良く思わない政府首脳の一部が、蹴落とす、出来れば掣肘できるよう皇室を動かしたのが今回の調査委員会でした」
調査委員会が作られた理由を昴に言っているが当の本人は双眼鏡にかじりついて忠弥の方を向いて微動だにしていない。
ただ、聞いているようなので、寧音は話を続けた。
「ですが、民衆の支持もある上、皇国独自の技術、列強に先んじて到達した快挙を成し遂げた忠弥の航空産業を阻むことはしたくないのが、お上――皇主陛下のご意志とお爺様はおっしゃっていました」
皇国最大の財閥であり忠弥の後援者そして寧音の祖父である岩菱豊久は、その影響力のため皇室とも付き合いがある。
その伝から情報が流れてきていた。
「そのため、形の上だけ調査委員会を作り、問題なしと認める方向でした。むしろ一度疑われるも問題ないと皇室が言うことで、支持しているように見せる算段でした。ただ問題は委員長に任命された碧子様でして」
さらに寧音の学校でも情報が入ってきていた。
「忠弥の凱旋飛行を見ていたらしく、大変ご興味を持たれておりまして……登校したら、わたくしの元に根掘り葉掘り聞きに来ていました」
寧音と昴が通っている学習院女子は元々皇族の教育のために開校された学校であり、当然皇室の子弟も通っている。
碧子も当然のことながら通っていた。
「わたくしが支援している事を知っていたようで、飛行機とはどういうものなのか、飛んだことはあるのか、と聞いてきましたが、一番多かったのは忠弥の事でした」
頭痛を抑えるようにこめかみに指を当てながら寧音は言う。
「どうも忠弥の事を好きになったようです。同い年で歴史的な偉業を達成した忠弥を、目の前で悠然と空を飛んでいる姿を見て憧れたようです。それで忠弥に会いたいと私に言いに来たんです。最初はあなた、昴さんを探していたんですが、貴方は登校していませんでしたから私が相手をする羽目になりました」
その時の勢いを尾乱して寧音はため息を吐いた。
尊きお方で敬うべきだが、忠弥の思いが強すぎて、ある意味で危険と感じた寧音は、あまり紹介したくなかった。
忠弥の家に案内するように頼みこんできたが、さすがに皇族が一般の家庭に行くのはだめという事になり、うやむやになったが危なかった。
「調査委員会の委員長に任命されたのも忠弥に対して好意があるため不利な判定などしないという判断でしたからでしょう。肯定的な意見は女の子ということで大事にならず、否定的な意見は皇族という威光で打ち消せる。支持するが、入れ込みすぎない丁度良い距離感を作ってくれるという思惑もありました。ただ……」
寧音は一度言葉を切り、思いため息を吐いてから呟く。
「碧子様の思いが強すぎて忠弥と一緒になるとか言いかねません」
「そんなのダメ!」
飛行機が強烈すぎてその飛行機を生み出して忠弥に好意を持ちかねない。
つまり昴のライバルが増えると言うことだ。
「なんとかして引き離さないと」
「それは無理よ」
「どうして!」
「偉業を達成した忠弥ですが、その功績に嫉妬している人が多く居ます。今回の事で貴族に叙そうという声も上がっています」
「当然でしょう」
「ですがその功績に嫉妬しているのも事実です。名声が高まるほど嫉妬して陰に陽に妨害してくることも考えられます」
「そんな馬鹿共、気にしなくて良いでしょう」
「その通りです。しかし、中には力を持った連中がいることも確かです。ダーク氏なんて良い例でしょう」
「あの屑ね」
メイフラワー合衆国科学協会の会長ダークは、忠弥に先駆けて人類初の有人動力飛行を行った。だが、操縦装置に不備があり、自由自在に操縦することは出来なかった。
そのため結果的に忠弥が最初と言うことになっている。
それでも最初に人間を空に飛ばしたのは自分だという主張を曲げず、忠弥のアイディアを盗んでデモンストレーションを行い、世間に認知させようとした卑怯者だ。
あまりの厚顔無恥ぶりに昴はパリシイに文句を言いに行ったほどだ。
「皇国の中にも似たような連中はいます。そうした連中を黙らせるためにも皇室の権威は有効です。少なくとも表立って妨害される心配は無くなります」
「じゃあ、認めるしかないの」
「少なくとも近くに居て貰う必要があるでしょう。忠弥のためにも」
「むーっ」
昴はふくれっ面をする。
「貴方共々、排除する必要がありそうね」
「返り討ちにしますよ。で、忠弥共々、岩菱に抱え込んで飛行機を自由に作らせます。その方が良いでしょう」
「うっ」
残念なことに島津財閥は飛ぶ鳥を落とす勢いだが、元が新興財閥故に基盤が弱い。
そのため岩菱の協力が必要不可欠だ。
だから寧音と仲良くする必要がある。
「けど、内親王が忠弥につきまとうのは」
「新しい物を作り出すと反感ややっかみを受けます。この国では特に激しいことは知っているでしょう」
「そうだけど」
昴の父親が作り上げた島津財閥は海外からの新産業や技術を皇国に持ち込み発展させるベンチャー企業だ。
新技術を持ち込む度に賞賛されたがやっかみも受けていることは昴も知っていた。
寧音も、開国期に積極的に海外貿易を行った祖父から祖父自身が暗殺されかけたことを聞かされており、この皇国の人々が成功者に対する嫉妬が激しい事を知らされていた。
「この国の最大の権威の庇護が受けられるの絶対に手放すことは出来ない」
「でも、必要以上に忠弥にくっつくのは」
「それも絶対に避ける。忠弥の夢を空を飛ぶという夢を邪魔させない。これが私たちの役目よ」
「……不本意だけど協力するわ」
「頼むわ」
二人は握手を交わし、淑女協定が結ばれた。
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