第73話 遊覧飛行
玉虫は忠弥が作った最初の飛行機だ。
最初であるため軽量高出力の航空機用のエンジンがないので自作した。
それでも最小限の出力しか与えることが出来なかった。
だが、新技術により軽量高出力化を達成した新型エンジンを搭載し飛行性能は大きく上がった。
単座だったが複座になり、指導しやすいようになっている。
機体は元々、非力なエンジンの負担にならないよう軽量に作られており、ライトプレーンのような感じだ。
だから一寸した広場があれば飛び立つことが出来る。
「おお、凄い!」
宮城前広場にやってきた普及型玉虫を見て碧子は驚きの声を上げた。
昴に頼み、近くの飛行場から飛ばしてきて貰った。
相原大尉に頼まなかったのは彼が皇国軍人であり万が一のことがあれば、忠誠を誓う皇族に対して申し訳ないと思ったからだ。
本人は、忠弥のために飛べると言っていたが、足が小刻みに動いている姿を見たら無理というものだ。
だから操縦士としての腕が良く天性の才能がある昴に頼んだ。
「この前飛んでいた仲間の飛行機だな」
士魂号の凱旋飛行で先導及び随伴した普及型玉虫を思い出したのか碧子が言う。
「士魂号ではないのか?」
「士魂号は重すぎるので無理です」
大洋横断のために高出力の重いエンジンと長距離飛行を可能とするための長い翼を持った士魂号の機体は重たく離着陸に必要な距離が長い。
広大な広場でも離着陸はできない事はないが安全性は普及型玉虫に劣る。
だから普及型玉虫を選んだ。
「乗せて貰えるのか」
「良いですよ」
止めようとする従者達をおいて碧子はビューッと走り玉虫の操縦席へ座った。
忠弥は追いかけてゆき、ゴーグルを差し出した。
「内親王殿下、これを」
「これは?」
「ゴーグルです。飛ぶときは風が凄いので目が痛くなり涙が溢れます。目を保護するためにゴーグルを」
「うむ、そうか」
忠弥に言われて素直にゴーグルを受け取って碧子はかける。
ゴーグルを欠けたのを確認すると忠弥は後ろの席に座った。
「それではいきますよ」
エンジンを始動させ、轟音を響かせる。
「おおおっっっ」
後ろから聞こえるエンジンの轟音に碧子のテンションも上がり轟音を貫いて届くほどの歓声を上げる。
「行きます」
回転数が十分に上がると忠弥はフットブレーキを開放して玉虫を発進させた。
「おおおおっっっっっっ」
動き出した玉虫に碧子は喜び、ドップラー効果もなしに声が大きく響く。
「飛びます!」
離陸速度に到達し忠弥は操縦桿を引く。
「おおおおおおおっっっっっっ」
機首が徐々に上がり始めると碧この声も更に大きくなり、機体が浮いた瞬間、最高潮に達した。
「凄い! 空を飛んでおる!」
地上が徐々に遠くなって行くのを見て碧子はまくし立てる。
高度が上がっていく碧子を狼狽して追いかける侍従も小さくなっていく。
建物も何もかもが小さく下に下がっていき、大地や海が遠くまで見渡せるようなる。
「凄い!」
目の前に広がる光景に碧子は驚いた。
父親の行幸などで山に登ることはあるが、人が豆粒のように小さく見えるほど近く、そして高くで見たことはない。
「空を飛ぶと言うことはこんなにも凄いことなのか」
ゴーグルの下の青い瞳を大きく見開いて広がる世界――箱庭のような帝都、遠くにそびえ立つ高山、青い海、そして近づいてくる雲に、何処までも青い空。
その光景に碧子は心を奪われていた。
「旋回します」
忠弥が言うと、機体は少し左に傾いた後、徐々に左旋回を始めた。
「おおおっっっ」
視界が傾いたと思ったら、右に流れていくのを見て驚く。
そして、左側に地上が近づくように広がるのを見て更に驚く。
「凄いのじゃああっ」
そして何度も驚きの声を上げた。
「す、凄かったのじゃ」
十分程度の遊覧飛行だったが着陸して機体から降り立った碧子は、興奮しすぎて凄かった、しか言えなくなっていた。
「空を飛ぶと言いうことは、こんなことなのか」
「はい、今日はここまででしたけど。いずれ世界を一周できるくらい飛べます」
「海の向こうだけでなく、世界も一周できるのか!」
「はい、今は出来ませんが、いずれ一周できるようになります」
「それは凄い、ならば今すぐ海の向こうまで行きたい」
「いや、それ無理です」
申し訳なさそうに忠弥は言う。
「何故じゃ! 其方は海の向こうまで飛んでいったではないか」
「まだ飛行機が未熟で、嵐などに遭遇すると遭難してしまいます。成功したのは無事にたどり着ける日を選んで飛んだからです」
飛行機の技術が未熟で機体がひ弱なため何ヶ月もかけて最高の条件が揃う日を選択して実行した。
例えれば、天候の良い夏の日に半袖短パンで富士山日帰り登山に成功したようなものだ。
厳冬期に登るのとは全く違う。それ相応の装備と訓練をこなして準備しなければ、遭難して死んでしまう。
まして近距離を飛ぶためだけに作られた玉虫では到底、大洋を飛び越すことなど出来ない。
「ううむっ、飛んで行けないのか」
「はい。ですが、いずれ飛んで行けるような飛行機を作って見せます」
「約束じゃぞ、楽しみにしておるのじゃ。その時は妾を最初に乗せるのじゃ」
「ええ、勿論……」
「? どうしたのじゃ?」
「いえ、何か寒気が」
何かとんでもない約束をしてしまったように忠弥は思ってしまった。
「ところで調査委員会の方は?」
「うむっ! 問題ないのじゃ! 不敬の疑惑は完全に晴れ、皇国を発展に導く素晴らしい者だと伝えよう」
「ありがとうございます」
忠弥は感激して、感謝の言葉を述べた。
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