第72話 碧子内親王
「其方が二宮忠弥か」
目の前の長い銀髪の少女は珍しく呆然とする忠弥に尋ねた。
皇国は旧大陸を席巻した大帝国に支配された東の果ての島国の武装集団が尖兵となって征西を行い到達した集団の末裔だ。
その過程で征服した諸民族の人間と交わることが多々あり、混血が多い。
忠弥の肌の色も少し浅黒いし、昴も黒だが少し赤みがある。寧音は純粋な黒髪だが、むしろ珍しい。
だが、白銀の髪も非常に珍しい。
「どうしたのじゃ? 何故答えぬ? 其方が二宮忠弥か?」
「! は、はい、私が二宮忠弥です」
忠弥は緊張気味に問われたことに答えた。
すると白銀の少女は青い目を大きく見開いて嬉しそうに答えた。
「おお、そうか。妾は碧子。このたび調査委員会の委員長を務めることになった」
「こんな小さい子が」
「控えろ!」
忠弥が小さく呟くと隣にいた男性が叱る。
「碧子内親王殿下は皇主陛下のご息女! 許し無く下民が口をきいて良い者ではない!」
「も、申し訳ありません」
忠弥は静かに謝罪するが、自由な発言が出来ない雰囲気に自分の弁明も説得も出来ないことに不安を覚えた。
「よい、直答を許す」
「しかし」
「これは調査委員会、調査対象に話しかけることが出来なければ、役目を果たすことが出来ぬ。役目を果たせなければ、おもう様、いや陛下にも申し訳が立たぬ」
「はっ、申し訳ありません」
幸いにして内親王は話が分かるようなので、発言の機会が手に入れられ忠弥は一安心した。
「では、早速聞こう。先日空を飛んでいたのは其方か」
「はい、士魂号で飛んでいました」
「それは宮城を見下すためか?」
「いえそれは違います。空を飛びたかったから飛んでいました」
「しかし宮城の目と鼻の先、見下ろすのは不敬ではないか?」
「いいえ、宮城への不敬をなすためではなく、人々に飛行を見て貰うことが目的でした。その証拠に宮城の上空は飛んでいません。見下ろすならば宮城の上空を飛んでいます。この一点を以て不敬などない、と証を立てさせて貰います」
予め書き上げられ覚えさせられた文言を忠弥は言う。
相手に伝わりやすい言い方という者があるから従ってくれとのことで、渋々従っている。
しかし、自分の言葉でないため、どうも居心地が悪い。
それと、何故か目の前の碧子内親王の機嫌が悪くなっていくように見える。
全然伝わっていないようで忠弥は焦る。
「それは本当かのう」
「空に遮るもの無く、宮城へ行こうとすれば行けました。それは皇室への敬意によるものです」
「本心はどうなのじゃ?」
「皇室への敬意が」
「そのような戯れ言は良い。其方の本心が聞きたい」
目を細め目尻に力を入れて碧子は尋ねる。
(本気で聞いてきている)
嘘偽りを見抜いているような気がした。
何を言っても、当たり障りのない言葉や虚言をさえ見抜くような態度だ。
そして、偽りを許さない、刑罰さえ科そうというような意志を忠弥は感じた。
「どうなのじゃ、其方の本心は?」
「……空を飛びたいんです!」
忠弥は覚えた文言を忘れ、自分の言葉で伝えた。
「私は幼い頃から空を飛びたいと思っていました。だからずっと昔から空を飛ぶための研究を進めて参りました。初飛行を行っても飛んだのは空を、より速く、より高く、より遠くへ行くため。大洋横断飛行もそのために行いました。それも通過点に過ぎず、空を更に飛びたいです」
「まだまだ飛び足りないと?」
険が取れた表情で碧子は尋ねた。
「はい! 大洋を越え、大陸を超え、地球を一周したいです。さらに上空遙か三万メートルを超えても飛びたいです。音よりも速く飛びたいです」
「音? 妾の声が届くよりも速く動くというのか」
「はい! いずれ飛ばして見せます!」
かつて大西洋を定期飛行していた超音速旅客機コンコルドを思い出しながら忠弥は言った。
唯一の定期飛行を行っていた超音速旅客機だったが残念なことに採算性が合わないのと事故により全て退役してしまった。
だが、白鳥を思わせるような美しい機体の造形と超音速飛行という唯一無二の存在が魅力的で引きつけて止まない。
いずれ前世で死ぬ前、次世代機が出来て欲しいと強く願っていた。
この世界に生まれてからはいずれ自分の力で生み出そうと決めていた。
「……あまりにも話が大きすぎて頭が混乱しておる」
目を見開いたまま碧子は自分の額を揉んだ。
「其方の言うことは少しも分からぬ。だが熱意は伝わった。それほどまでに空を飛ぶということは素晴らしいことなのか?」
「はいっ、素晴らしいことです!」
「それは証明できるか?」
「はい、ご希望ならすぐにでも空へ行きましょう」
「行けるのか」
「はい、そこの広場を使わせていただければ」
宮城を奉拝出来るように宮城の前には広大な広場が建設されている。
そこを利用すれば普及型玉虫なら軽い重量で十分に飛ぶことが出来る。
「それは良いのう」
碧子は目を大きく見開き前のめりになって言う。
「よい、許そう」
「へ碧子殿下!」
隣にいた侍従らしき男性が慌てた。
「そのような怪しげな機械に乗るのは危険です」
「そこの二宮が乗っているのだから大丈夫じゃ。して、何時飛べる」
「すぐにでも」
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