第75話 航空都市

 秋津皇国の初夏は晴れやかだ。

 青い空に白い雲、少し蒸してくるが過ごしやすい季節だ。

 いつもと変わらない光景だが、ことしは少し違う。

 青い空の中を飛ぶ物体があった。

 鳥ではない、飛行機だ。それも一機ではなく複数の機が空を飛んでいる。


「皆上手くなったな」


 パパパパパと破裂音のような音をバックに空を眺めながら二宮忠弥は呟く。

 一見何処にでもいる普通の少年だ。

 実際、忠弥は田舎の農村にある鍛冶屋の息子だ。先日、皇女と会ったとはいえ何処か田舎くさいところがある。


「よそ見をしないで下さい」


 忠弥の隣に座る昴がたしなめる。


「貴方ほどの人が事故で死なれては困ります。貴方は秋津皇国の英雄なのですから」


 昴が言うのは事実だ。

 忠弥は一〇代前半の少年だが、史上初の有人動力飛行を成功させ、大洋横断を成し遂げている。


「この程度の事なら誰だって出来ますよ」


 忠弥は本気で言った。

 忠弥にとってこれまでの偉業は全て技術の結果であり、誰がやっても同じ結果になると知っている。

 何故なら、忠弥は二一世紀の日本から転生してきている。航空業界を目指していたため航空工学を始め航空関連の知識が並外れて多い。

 しかしコロナの流行のために航空業界は大打撃を受け、決まっていた航空会社は内定取り消し。忠弥もコロナに罹り亡くなった。

 そして転生して飛行機がないことを儚んだが、無いのなら自分が作れば良いと考え、自分で作り上げて飛ばしてしまった。

 紆余曲折はあったものの、無事に飛行機を生み出し、空に飛ばしている。

 今飛んでいる飛行機はは彼が作った飛行機であり、飛ばしているのは近くに作った飛行学校の生徒達だ。


「あの通り、誰でも練習すれば飛ばせる飛行機にしたから」

「でも運転中のよそ見は止めて下さい。いくらあなたが作ったからと言って操作を誤れば事故になります」

「ゴメンゴメン」


 昴が文句を言うのは、忠弥が運転中だからだ。

 今忠弥が運転しているのは島津産業が忠弥の指導の下に生み出した自社生産車<滴>だ。

 実際、滴のような形をした自動車だ。あるいは、おむすびか。

 小さなボディーに大きなキャノピーのバブルカー。

 ドアは側面ではなく、車の正面に付けられており、冷蔵庫の扉のように運転席のある右側へ開く。

 先ほどからしている破裂音は、この車の搭載エンジン、単気筒のエンジンの音だ。

 バイクか、と突っ込む人がいるのも無理はない。実際、バイク用のエンジンをそのまま使っている。

 この車の元ネタ、BMWイセッタのコピーだからだ。

 転生前にバイトで働いていた自動車整備工場のお客さんが乗っていた車だ。


「携帯発電機用のエンジンだ」


 と、エンジン音と右側面のカバーを外して現れたエンジンを見て思わず呟いてしまった程小さい。

 違いがあるとすれば、秋津皇国の交通ルールである左側通行に合わせて運転席が右側にある事と、デファレンシャルギアが作れないため、前二輪、後ろ一輪の三輪車になっている事だ。

 オリジナルは、後輪の間隔が非常に狭いながらも四輪だった。

 もっとも、イギリス向けに右ハンドルにした上、税制上の優遇措置を受けるため三輪車にされたモデルも存在する。

 閑話休題、忠弥の作った滴は秋津の国情に合っていた。

 簡易舗装とは言え、都市部の道路が舗装され始め、走りやすくなったが四輪車はまだ高級品で手に入りにくい。

 あと、やたらめったら故障する。

 自動車産業も出来たばかりで品質が非常に悪い。優れていると言われる海外産でも酷い。

 部品が内職のおばちゃんが作ったような代物で、ヒューズボックスが歪んでいる。そのためショートする事は日常茶飯事。整備性のせの字も見えない構造で手の届きにくい場所にある。

 外そうとしても歪んでいるので苦労するし、歪んでいるので水が入り込んでショートの原因になっている。

 念のために購入した予備パーツも全て不良品だった。

 走ったら走ったで、運転中にハンドルがアニメのようにすっぽ抜けて慌てて軸に戻して路肩へ走らせた。

 マフラーが運転中に脱落。

 クーラントのキャップが吹っ飛び、間欠泉のようにクーラントが噴き出したり湯気が出る。

 アクシデントが次から次にやってくる、お笑い要らずのような代物を運転したくないので、忠弥が自ら作り、量産させたのだ。

 さすがに四輪は厳しくて三輪になってしまった。

 しかし、構造が単純で作りやすく低価格。だから滴は、飛ぶように売れた。

 海外でも初めこそ玩具の車と呼ばれていたが、気軽に動かせる。狭いスペースにも止めておけるため、プライベート用、セカンドカーとして順調に売れている。

 秋津皇国で初めての成功した工業輸出製品と言えた。

 今はそこに飛行機が加わろうとしている。

 飛行機を飛ばせるパイロットが少ないため、実機を購入しても飛ばせないからだ。

 そこで、パイロットを育成する為に航空協会に学校を作って育成していた。

 最初に飛行機を作った工場の隣接地に作られ、校舎が今も建設中だ。

 何しろパイロット希望者が世界中から集まっており、できるだけ多くの人がパイロットになれるよう受け容れるため、関連施設を作っている最中だ。

 昴の父、義彦の尽力もあり建設は急ピッチで進んでいる。

 そして、義彦は忠弥の偉業をを支えた功績を元に国政へ進出し議会の第一党の党首を務めている。

 現在は秋津皇国の大政治家として、外交もこなせるように外遊中だ。特に世界最先端の航空産業を生み出しいまだにその頂点に立っている島津の協力を得ようと各国はこぞって受け容れている。

 その過程で多くの有力者子弟の子供を飛行学校の生徒にと送り込まれてくる。そして義彦はそれを拒まないので自然と生徒数は増えていた。

 困ったことだが世界中に飛行機を飛ばしたい忠弥としては、受け容れざるをえない。

 それでも都市が出来る程巨大になったのは、飛行機はパイロットだけでは飛ばせないからだ。

 機体を整備する整備士、飛行機を管制する管制官、機体製造のための技術者、燃料を作る燃料技師、飛行場整備の土木技術者。

 彼等もパイロットと同じかそれ以上の人数を育成しなければならない。そのため、学校の規模は必然的に大きくなる。

 かつて忠弥が生まれた田舎の農村は航空関連産業の一大学術都市となっており自動車で移動しなければならないほど広大な都市となった。

 その一画にある飛行学校の現校舎に向かって忠弥は車を走らせていた。


「それと、あまりよそ見をしないでくださいね」

「分かっているよ」

「違います。女の方に目移りしないでください。し、していないって」

「どうだか、寧音が近づいてきておいているくせに」

「岩菱への技術協力の話があるから近くに。それに工場の建設とかで大事だから」


 飛行機の生産には様々な部品を供給するラインと無数の部品を住み合わせて完成させる組み立て工場が必要だ。特に組み立て工場は広い建物、それも支柱のない広い空間を持った工場が必要だ。

 建物を建設するだけで非常に高度な技術が必要になる。

 皇国最大の財閥である岩菱の協力がなければ建設さえ難しかった。


「それに新たに碧子様まで」

「皇室の後援が得られたのは大きいでしょう」


 君臨すれども統治せず、という理念の元に存在する皇室だが、実際には陰に陽に皇国に影響力を持つ。

 それは先日の調査委員会の内容でも明らかだ。

 実際皇族の多くは何かしらの協会や団体、それも全国規模の組織の名誉総裁名誉会長などを務めている。

 それら団体を通じて影響力を行使しているし、団体は権威を持ち皇国の発展に努めていた。


「海外からの留学生が来てくれたのも、皇室の権威による信頼があればこそだ」


 航空産業を発展させるには各国への指導が必要になる。

 そのためには優秀な人材が必要だが、高度な教育を受けている人材は特権階級に多い。

 各国から人材を送って貰うにはそれなりの信用が必要だ。

 その点、国際的に知名度の高い皇室の庇護を受けているとなれば、忠弥達の信用度は高まり集まりやすくなる。

 実際、調査委員会の後から多くの留学生が忠弥の元に訪れていた。

 今、忠弥は彼らの指導に忙しかった。


「だけど、よそ見をしないでください」

「分かっているよ」


 そう言って忠弥は昴をなだめた。

 そして、生徒達が言い合う現場に遭遇し忠弥は自動車を止めた。

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