第67話 昴の声
「何をしているのです!」
昴は右手に持ったマイクに向かって大声で叫んだ。
因みに左手は、昴がいる部屋の主の顔を押さえつけ、左足は主の椅子に、右足は机に掛けられている。
彼女が居るのはパリシイのケクラン塔だ。
計画推進者のケクランが完成のあかつきには最上階に自分の私室を置く事を頼み込み市当局に認められてゲストハウスや居室として使っていた。
現在は、反対運動に対抗するため電波塔として有用である事を証明するためにアマチュア無線放送の実験をしていた。
アンテナは高いところにある方が、遠くへ電波が飛ぶためだ。
それを聞いた昴が乗り込み、ケクランの無線機を奪い取って大声で叫んでいた。
「行方不明になっている暇はありませんよ」
ケクランが「君! 失礼ではないのかね! 私はこの塔を設計したのだぞ! 君の国の帝にもこのように賞状を貰っているのだぞ!」と抗議の声を上げているが、昴は一切無視して片手で押さえつけ大声でマイクに向かって叫ぶ。
「貴方方は人類初の大洋横断を成功させるために飛んでいるのです。予想外の事態の一つや二つ握り潰すくらいの勢いで越えてきて下さい」
思わず昴の左手に力が入り、ケクラン氏は顔面の激痛に悶える。
「因みに逃げ帰るのはなしですよ。突然発生した低気圧により新大陸は全域で前線が発達し着陸不能です。引き返しても下りる事は出来ませんよ。活路があるのは何時も前方です。兎に角、私は待っていますから飛んで来て下さい。沿岸部は霧のため着陸は出来ないとの予報です。到着するならパリシイへ。けど朝から昼まで霧が発生する予報なので夜までに着いて下さい」
有無を言わせぬ口調で昴は言う。
「待っていますのでどんなことをしてでも私の元へ来て下さい!」
それだけ言うと昴は満足してマイクを置いた。
部屋の隅に逃げ込んで見ていたケクラン氏は怯えきっていた。
「……とんでもないですね」
「……全くだ」
昴の声を聞いた忠弥と相原は最初絶句したが、やがて二人揃って大爆笑した。
「全く、とんでもない人だ。死ぬのを考えるのが馬鹿馬鹿しくなった」
「全くだ。本当に昴は名前の通りに昴だな。夜空に輝く我々を導く星だ」
死を意識していた二人の思い空気は晴れた。
「お陰で、方角も分かった」
昴が叫んでくれたお陰で、電波を受信し感度が良い方向、声がよく聞こえる方向へ向かっていった。
「どうもアンテナも氷が付いて受信状況が悪かったようだ。翼の熱で空中線の氷が溶けて聞きやすくなっているようだ」
そのタイミングで昴の声が聞こえるとは、奇跡だが悪くなかった。
「さてと確認しますか。燃料の残量は?」
「節約していましたが迂回や上昇などで使って予定量より使っています。そうですねこのまま飛んでも明日の午前中でしょうか。翼の氷着を考えると、エンジンを余計に回す必要が出てきますので危ないでしょう」
「じゃあ、パリシイの晩餐会に間に合うように夜に着くようにしましょう」
「ええ」
朗らかに笑いながら二人は機体を大陸に向かわせる。
途中通信機からラジオ放送が入って来ている。昴がようやく引き下がったのか通常の番組を放送している。
因みに先ほどの昴の行為は史上初の放送局乗っ取りとして歴史に名を残すことになる。
飛んでいると遥か下方に雲海が広がっている。
自分たちの高度からして地上まで続いているようだ。
航法に間違いが無ければ現在は旧大陸沿岸上空だ。だが雲のために地上の様子は見えない。地上は霧だという予報だが、事実のようだ。
「やはり無理か。指示通りパリシイに向かいましょう」
「ええ」
二人は士魂号をパリシイへ向ける。
だが正面の空が徐々に闇の色を強くする。主翼を支える支柱とプロペラが夕日の残照を照らした後、黄昏を残して水平線の彼方へ太陽が消え去る。
空の端が赤と黄と青のグラデーションを付けたと思ったら直ぐに暗くなってしまった。
夜空に星が見え始めるが、地上は濃い霧に覆われて見えない。
「アレを! 十時方向下方」
その時相原大尉が、左に何かを見つけた。
すこし機体を傾け、覗き込む。
「地上の光だ」
建物から漏れる家の明かりだ。一つだけではなく、二つ三つと増えている。
建物だけでなく、走る自動車のヘッドライトとテールランプが流れるように動く姿も見えてきた。
その流れは徐々に大きくなり、建物の数も増えてく。
その先に浮かぶのは、光り輝く幻想的な光の城だ。
「パリシイです!」
嬉しそうに相原大尉が言う。
光の中心に高くそびえ立つ塔はケクラン塔だ。
柱に沿って電飾が施されて一際目立つ。
やがて士魂号はパリシイ上空に差し掛かり、都市の光で機体が照らされる。
「我が翼はパリシイの灯に浮かぶ」
思わず忠弥が叫ぶ。本当なら「翼よあれがパリシイの灯だ」と叫ぶところだが先人のパクりを潔しとしなかった。
自分の達成した冒険を自分の言葉で残したかった。
「さて、問題なのは着陸ですね」
既に夜となり、地上は暗い。
夜間だと滑走路を視認するのは無理だ。
だが、翌朝には霧が発生する予報。燃料は昼間で持つかどうか怪しい。
「とりあえず、着陸地点まで移動しましょう」
少なくとも、地上からの通信を受けられるし、夜が明けたら直ぐに着陸できるようにしたかった。
士魂号は着陸予定地点上空に到達するが、予想通り暗いままだった。
地上の様子が見えなければ着陸は不可能だ。
「あ、あれを」
その時、相原大尉が地上で多数の光が灯り、一つの方向へ駆けだして行く姿が見えた。
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