第68話 翼はパリシイの灯に浮かぶ

「全員指定された場所へ明かりを持って急いで!」


 地上ではケクラン塔から駆けつけてきた昴が命じていた。

 着陸地点で待っていたが地上から士魂号のエンジン音が聞こえるといてもたっても居られず外に出た。

 上空を何度も旋回する様子がエンジン音で分かる。


「暗くて着陸できないのね」


 忠弥の話を、飛行機の話を聞いて知識のあった昴は正しい答えを出し、対応するアイディアを思いついた。


「人手をできるだけ集めて、そして滑走路の横に並ばせて。滑走路の端からも人を一直線に並ばせて」


 昴は直ぐに人を集めるとランタンを持たせて滑走路脇に並ばせた。


「早く並んで! そこ! 列が乱れて歪んでいる! まっすぐに並んで!」


 先頭に立って列を作るように昴は指示しすぐに終えた。

 準備が完了すると夜空に向かって昴は叫んだ。


「さあ忠弥! 私が作った誘導に従って滑走路に降りてきなさい! 私は昴! 夜空に輝く導きの星の名を持つ女! 貴方を導く灯り! ここに向かって飛び込んできなさい!」




「忠弥さん、これで上手く着陸できます」

「ああ」


 滑走路を囲むようにランタンの光が出来た。

 滑走路の端からも光が伸びて、位置と方向を指し示している。

 吹き流しにも照明が当てられ風向きが分かる。

 これで着陸できる。


「着陸態勢へ」

「はい、各部確認。異常なし」

「残存燃料を一部投棄する」


 機体を軽くして着陸の衝撃を和らげる。夜間着陸で激しく着陸しても脚が折れないようにする配慮と万が一不時着してしまったとき燃料に引火して黒焦げに成らないための処置だ。

 失敗しても上空に飛んでいたら燃料の持つ明日の昼までに着陸できる保証は無い。

 ならば着陸できる可能性のある今に賭けるしか無い。

 成功するよう燃料を投棄する。


「よし、空になった。着陸する。滑走路上空を通過」


 着陸のために滑走路上空を通過、その後降下しつつ左へ旋回する。忠弥の左側に滑走路が見える。長さと形、位置、異常が無いかを確認しつつ、機体を下げていく。

 滑走路の端が過ぎてから暫くして更に左旋回。

 今度は真っ正面に滑走路を視認し降下していく。


「フラップ最大角」


 揚力を増すためにフラップを下げる。これで失速速度が下がり、ゆっくり着陸することが出来る。


「スロットル調整」


 フラップが下がったことにより、抵抗が増えて機速が低下する。スロットルを調整して回転を上げる。


「機首上げ!」


 地面が接近してきたため機首を上げて着陸態勢をとる。

 地面が徐々に近づく、滑走路脇の明かりを持つ人を見ながらだいたいの高度を想像する。

 機首を上げて、降下速度をゆっくりにする。上昇していくように見えるが水平移動距離が揚力に変換される上、エンジン出力を絞っているため、ブレーキにもなる。

 高度ゼロで失速速度になる様に慎重に操作する。


 ガッ


 下から衝撃が走る。

 車輪が地面に接触した。

 スロットルを下げて、エンジンの回転を抑える。


「止まれ!」


 忠弥は叫ぶが、士魂号の速度は落ちない。

 徐々に前方の灯り、ランタンを持った人々の列に近づいている。

 このままではプロペラで切り裂いてしまう。


「! フットブレーキ!」

「はいっっ!」


 疲れて思い至らず、思い出すと慌てて忠弥は叫び相原大尉と共に両脚でペダルを踏み込み車輪のブレーキを作動させる。

 士魂号は急激に速度を落とし、滑走路上をゆっくりと進む。

 誘導員が駐機場へ誘導していくが、着陸できた安堵で二人とも放心状態だった。

 支持されるがまま機体を動かし、駐機場へ。

 機体を停止させ、エンジンを止める。


「お疲れ様です!」


 駆け寄ってきた整備士が扉を開けて二人に話しかけるが、忠弥も相原大尉も頭が働かず間抜けな顔をしていた。


「忠弥」


 整備士に抱えられるように機体を下りたとき昴が駆け寄ってきた。


「お帰りなさい」


 明るい笑顔で昴が話しかけると忠弥はようやく笑みを浮かべて答えた。


「ただいま、そしてありがとう。無事に着けたよ」


 そして昴は忠弥に抱きついた。

 その姿は待機していたカメラマンによって記録に残った。




 夜にもかかわらず、忠弥が大洋横断に成功したというニュースはパリシイ中を駆け巡った。

 成功した士魂号を一目見ようとパリシイ市民一〇万人が空港に駆けつけ、群衆整理に大わらわになった。

 翌朝になって新聞報道が加わると更に加熱し、人々は忠弥の立てた記録を賞賛した。

 忠弥は各所から正体を受け、一躍時の人となった。

 同時にダーク氏との対談の経緯なども乗せられた。

 人類初の有人動力飛行がどちらかパリシイ市民の議論になったが、航空界の第一人者が忠弥である事は誰の目にも明らかとなった。

 かくして忠弥は人類の最先端にいる人物と目された。

 旧大陸各地でも報道され、忠弥の名前は瞬く間に広がった。

 各国各地から招待状が届けられて、忠弥は相原大尉と共に士魂号で旧大陸各地を飛び回ることになった。

 飛行場など無いが、軍馬育成のために各国は競馬を奨励し競馬場はどの都市にもある。

 地面の固さが十分で直線をならば、燃料を減らし、接地圧を減らすため大型のタイヤに変更した士魂号なら簡単に離着陸出来た。

 予めスタッフを派遣して競馬場の様子を確認して臨時の着陸場所にして、士魂号を離着陸させた。観客席がある事もあり、大勢の人の前に空から降り立つ忠弥達の姿は旧大陸各地で見られファンを増やした。

 ただ一つ問題となったのは、忠弥達の入国手続きだった。

 これまでは陸路もしくは水路しか人の移動手段が無いため、空路でやって来るなどどの国も想定していない。

 そのため法整備も対応していなくて書類にどのように記入すれば良いか、当局者は困惑した。

 やむなく各国の関係者は飛行機をヨットとみなして入国手続きを行い括弧書きで、ただし空より、と書いて対応した。 

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