第66話 トラブル
「士魂号を見失っただと」
指揮所で報告を聞いた義彦は驚いた。
「はい、急な雲の発達により全天を覆われ発見不能だそうです」
「通信は入ってこないのか」
海軍の艦艇が進路上に配置されて通信を中継する予定になっている。
「通信を受領した艦はいません」
「報告です!」
着陸施設班の一人が大声で告げた。
「新大陸の北部で気圧の低下を確認。低気圧の発生を確認しました」
「台風で一掃されたんじゃないのか」
「しかし、これまでの測候所の報告を纏めると低気圧の発生は確実です。猛烈な勢いで発達し、ここも間もなく低気圧と前線により天候が悪化します」
「着陸できるか」
「……不可能でしょう」
「追加報告です!」
もう一人の伝令が駆け込んできた。
「ラスコー共和国沿岸部で霧が発生しました」
「何だと、着陸できるか」
「無理です。視界が一〇〇メートルもなく、上空は見えません。恐らく上空からも滑走路は見えないでしょう」
「着陸予定時刻には晴れるか」
「いいえ、ここ数年にない異常な霧で翌朝まで続きそうです」
「パリシイはどうだ」
「パリシイは現在の所晴れています。しかし、明け方から霧が発生する予報が出ています。昼頃までどちらも霧が晴れる見込みはありません」
士魂号は余裕を持って燃料を積み込んでいる。明日の夕方頃まで上空にいることも可能だ。しかし、道中迂回ルートを執っていたり燃料を投棄する事態になっていたら燃料が足りない。
「通信班、直ちにこの情報を士魂号に送信してくれ」
「直ちにやります。ですが、受信が上手く行くかどうか」
士魂号の通信機に異常がある可能性が高い。送受信できない事も考えないと不味い。
「……忠弥、無事でいてくれよ」
「何とか持ち直せましたね」
「うん」
相原大尉の言葉に忠弥は同意した。
エンジンが停止した理由は燃料切れだった。
士魂号は、燃料タンクを幾つも機体に乗せている。
一箇所だけだと、燃料漏れを起こしたとき、燃料が全て無くなってしまう。
また、燃料は液体のなので中で揺れて機体が揺れたとき片側に偏り機体のバランスを崩さないようにするためいくつかのタンクに小分けされている。
どの燃料タンクから吸い出すかはコック――蛇口のようなもので切り替えているが、雲を越えるのに夢中になり、使っている燃料タンクが空になったのに気が付かなかった。
そのため燃料タンクは空になり、エンジンへの燃料供給が停止しエンジンが止まった。
暫くは何が起こったのか分からなかったが、全ての計器をチェックして燃料切れを発見。直ぐにコックを切り替えて手動ポンプでエンジンに送り出し、エンジンを点火した。
幸いにも止まってからの時間は短く、再始動に成功した。
海面ギリギリまで降下したが、墜落直前にエンジンが始動し機体を上昇させた。
「しかし、雲が多いな」
何とか高度三〇〇〇まで上昇したが、周りは雲に囲まれていた。
「高度を下げますか?」
「いや、下げると燃料消費が激しくなる」
先ほどの再上昇で燃料を少し使ってしまった。
今後もトラブルがあることを考えると消費は抑えたい。
この後も十数時間飛べるが、消費は抑えるに越したことはない。
「通信機の方も悪いな。発信できていないようだ」
出力が弱く、短い距離しか通じない。
「受信の方も感度が良くない、何処か故障、うおっ!」
忠弥が喋っているとき。雲の中に入ってしまった。再び気流で機体は揺られる。
断雲だったためか、直ぐに抜けることが出来た。
「こう雲が多いと迂回が大変ですね」
「ええ、それと、操縦桿がどうもおかしいんですよ」
「おかしい?」
「ええ、何か重くて。あと、機体も落ちやすくなっていて、高度を保つのが難しくなりつつあります」
「操縦をしている最中に重くなるのはおかしい」
燃料を消費しているので機体が軽くなるのが普通だ。
空を飛んでいる飛行機に入ってくる物は何も無く、重くなりようが無い。
「雲が多くて気流が乱れがちか……」
そこで忠弥はバルブを確認した。
「不味い! 主翼のヒーターが閉じたままだ!」
オーバークールを避けるためにヒーターへの潤滑油供給を断っていた。
そのため雲に入った時、氷の粒が主翼に当たって氷着し翼に付いている。
飛行機の重量が重くなるのも当然だし、翼の形が変わって気流が乱れ揚力が無くなってしまう。
忠弥はコックピット内にあったロープを自分に結びつけると窓から外に出て行く。
「な、何をするんです」
「翼の上に出て氷を叩き落とす」
「落ちたら死にます」
「このままでも揚力が無くなって落ちて死んでしまう。ヒーターが効くまで持つか分からない。叩き落とす。安定操縦を頼む」
そう言って忠弥は外に身を乗り出し主翼の上に這い出る。
予想通り主翼の上には氷が張り付いていた。これでは重いし揚力も無くなってしまう。
「おりゃっ」
片手でハンマーを振り下ろし、氷に叩き付ける。
最初は堅かったが徐々に熱い潤滑油が供給されたのか剥がれやすく、割りやすくなっている。
手早く氷を割っていく。ようやく氷を割り終えようとしたとき、エンジン音がおかしい事に気が付いた。
「やっぱり、オーバークールか」
潤滑油を主翼へ回しすぎてエンジンが冷却されすぎている。忠弥はコックピットに向かって叫ぶ。
「氷はたたき割った! ヒーターを切って!」
忠弥が操縦席に戻る間にエンジン音が元に戻って来た。
「ふう、何とかなった」
忠弥は命綱を外さず席に深く腰掛ける。
「ええ、ありがとうございます。もしもう少し遅れていたらエンジンが壊れていたでしょう」
氷を溶かすために熱を奪われた結果、エンジンが冷えすぎてオーバークールを起こしていた。元々オーバークールを防ぐ為にヒーターを切っていたのだからヒーターを入れたらオーバークールになるのは当然だった。
「これで暫くは大丈夫な筈。しかし、秋津縦断飛行の時は問題無かった。あの時は雲を回避していたから、氷が付くことはなかった。盲点だったな」
「気流が不安定な雲の中に入って飛行するわけにもいきませんからね」
操縦していた相原大尉が同意する。
できるだけ実際の飛行を模して練習を重ねていたが危険な雲中飛行までは行っていなかった。
機位を見失うし、気流は不安定、なにより空間失調症になって墜落するのは避けたいからだ。
「次は雲中を再現する実験装置だな。実験装置製作のためには帰らないと」
「ええ、帰らないと」
二人の間に沈黙が走った。
帰ることが出来るかどうか不安だった。
現状を伝えようにも通信機の調子はおかしいし、受信も良くない。
スピーカーからは雑音が聞こえるだけだ。
忠弥は通信機を少し弄くるが何も聞こえてこない。
雲の量も増えている。今のところ飛行できているが何時まで持つか分からない。
死
二人の脳裏に過ぎり、着実に実体化しつつある用意思えた。
『何をしているんです!』
だが、突如響いてきた昴の声が二人の負の感情を叩きつぶした。
「え! 昴? どこ!?」
忠弥は昴の声がスピーカーから聞こえてくることに気が付いた。
だが、地上の設備では会話を電波に出来る程出力はなくモールス信号でやりとりをする手筈だ。
なのにどうして昴の声がするのか分からなかった。
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