第63話 昴の決心

「忠弥」


 自室で休んでいる忠弥に、声を掛けてきた人物がいた。


「昴」


 会議が終わって真っ先に出て行ったはずの昴がそこにいた。


「どうしたんだ」

「忠弥に話したいことがあって」

「なんだい?」

「本当に決行するのですか?」

「するって言ったよ」

「危険じゃないですか。もっと安全を確保してから」

「そうして初の大洋横断を誰かに奪われろと」

「人類初の有人動力飛行も海峡横断も皇国縦断も成し遂げたではありませんか」

「でもギリギリだった。挑戦は皆にチャンスがある。今、僕以外の誰かが実行しようとしているかもしれない。航空機は技術の固まりだ。技術は可能な事の組み合わせに過ぎない。僕が出来る事は誰でも出来るという事だ。大洋横断が出来るのなら誰かが何時、いや今すぐに出来てしまうかもしれない。だから少しでも早くやらなくちゃいけない」


 ダーク氏が人を航空機で飛ばしたのは事実だ。操縦できたか否かの違いでしかない。

 海峡横断も皇国縦断も忠弥が言うように技術、誰でも出来る事を積み重ねただけだ。

 飛行機は誰でも製造できるし、今も士魂号と同型機が製造されている。

 誰かが士魂号と同じような改造をして大洋横断を成し遂げる可能性はある。

 だから忠弥は行かなければならなかった。


「やっぱり飛ぶの?」

「うん」

「止めるつもりはないの?」

「止めたら皆に迷惑が掛かる」

「別に良いじゃないの。貴方の命よ、他の人達は何も賭けていないのよ。遠くからあれこれ論評するだけの臆病者よ。そんな下らない連中なんて無視すれば良いのよ。あなたはこれまで十分に功績を上げてきたじゃないの」


 誰も成し遂げられなかった有人動力飛行を実現させ、自由に空を飛び、海を渡れることを証明し、長距離を移動できることを証明した。


「あなたは誰でも出来る事を増やしてくれた。なら誰かにやらせても良いんじゃないの?」

「それは出来ない」

「私が嫌でも」


 昴ははっきりと忠弥に伝えた。


「私はやって欲しくない。危険すぎる。寧音が協力を呼びかけてきたとき、身を捧げても忠弥のために承諾しようと思った。けど、同時に危険すぎる挑戦に挑まなくて済むと思ってしまって私は断った」

「何で」

「忠弥が好きだからよ。困難な夢でも諦めず前に進んで、落ち込んでも立ち直って進んで掴んだ。そして夢を叶えても更に高みに向かおうとしている。その姿が凄く好きだからよ。けど、それは死と隣り合わせ。いつか落ちてしまうのではないかと不安に思ってしまう。だから」


 昴は言葉を詰まらせた。

 だが、力を込めて、勇気を出して言った。


「お願い、大洋横断飛行は危険だから止めて」


瞳に涙を浮かべながら忠弥に昴は懇願した。


「確かに危険だね」


 泣きつく昴に忠弥は同意した。


「でも無理だ」

「どうして? ダーク氏に宣言したから?」

「いや、あんなのは後付けだよ。ダーク氏との約束なんてオマケだよ」

「じゃあ、何故するの?」

「僕がやりたいからだ」


 忠弥はハッキリとした声で言った。


「誰もやっていない大洋横断を僕がしたいからだ。誰もやっていないなら僕が挑戦する。いや大洋横断飛行がしたい。海を飛び越えたいんだ」

「危険すぎない? 殆ど賭でしょう」

「ああ、そうだ。でも賭けないと成功できない。なら僕は賭けるよ。そして、もう賽は投げたんだ。そして今までずっと振り直してきたよ。最良の条件の日が来ると信じて待っていた」


 皇国縦断を終えてから忠弥は準備を進めてその日を、最良の気象条件が整う日を待っていた。

 今日の日まで求めた条件が揃わず、心の中で飛行を断念してきた。

 そしてようやく巡り会えた最良の日に決行を決心した。


「この上ない最上の気象条件が、賽の目が出てきたんだ。だから行く」


 前の世界では賽を振ることさえしなかった。

 航空業界に憧れはあったけど遠くで見ていただけだ。一念発起して飛び込もうとしたらコロナでやられて死んでしまった。

 賽を投げないと負けはないが勝つことも、進む事も出来ない。


「ここまでして、中止はない。決行する」


 忠弥は決然として昴に伝えた。


「……そう」


 昴は小さく溜息を吐いて忠弥に言った。


「貴方の意志が固いことはよく分かりました。なら私はもう何も言いません」


 そして顔を上げて、深く物憂げな表情を浮かべてから笑顔を作って昴は忠弥に言う。


「パリシイで待っています」




「では会議を再開します」


 予定していた三十分が経ち、忠弥は会議を再開させた。


「先ほども伝えましたが、最良の気象条件が六日後にそろう予定です。決行は六日後にしようと考えます」


 再び重苦しい空気が支配した。

 失敗するのではないかという不安な雰囲気が漂う。

「分かりましたわ」


 だがその中に一人元気に答えた人間がいた。

 昴だった。


「それが忠弥の決定ならば従うまでですわ」


 格納庫内に昴の明るく力強い声が響き渡る。


「この計画の責任者は忠弥であり、ここまで引っ張り上げてきたのですもの。きっと大丈夫です」


 忠弥と同じく十才を過ぎたばかりとはいえ、島津のご令嬢というのは大きかった。

 人類で最初に空を飛んだ女性であり、忠弥の片腕、許嫁とみなされている昴の言葉はメンバーの中では重かった。

 全員の中に実行しようという思いが強くなる。


「それに実際に飛んで行くのは忠弥ですもの。他の人がその決断をあれこれ言う事は出来ません」


 昴の言うとおりだった。

 実際に飛んで行くのは忠弥と相原大尉だ。


「それでは私はパリシイに参ります。お二人を着陸地で出迎えるのが私の役目ですから」


 昴の役割は彼女も言った通りパリシイで出迎えること。

 島津産業は皇国ではかなり名を知られているが、ラスコー共和国での基盤は殆ど無い。

 だから分かりやすい美少女が顔となり二人を出迎えるほうが写真映えするし、話題になる。飛行中の記者会見での発表も彼女が顔となれば記者の心証が良くなる。少なくとも見てくれは良いのが昴であり演技にも定評があり、猫をかぶれる。

 その時に必要な表情と演技が出来るという意味で彼女は最適だった。


「では、早速参りたいのですが、宜しいでしょうか?」


 昴がキラキラとした明るい笑顔で周りを見て尋ねた。

 周りに居る大勢は二人を手助けするためにいるのであって、ああしろこうしろと言うためでは無い。

 彼等が行くというのなら自分の役割を果たすだけだった。


「異議無し」

「やりましょう」

「必ずやり遂げましょう」

「全力で支援します」


 集まった全員が口々に決行に賛同した。


「ありがとうございます」


 昴の演技に、その状況で必要な行動を取れる彼女に感謝しつつ忠弥は深々と頭を下げた。

 こうして忠弥の大洋横断は六日後と決定した。

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