第62話 昴の迷い
「ふうっ」
一人になった昴は誰も居ないことを確認するとため息を吐いた。
しかし、気分は晴れず、顔は曇ったままだった。
「どうしましたの昴さん」
「ね、寧音」
そこへ寧音がやってきた。逃げようとした昴を捕まえて話しかけた。
「先ほどの会議ですが」
「ええ、皆心配していますね。当然です、失敗するかもしれませんから」
「でしょうね。ですが一番恐れているのは昴さん、貴方では?」
「なっ!」
寧音に言われて昴はうろたえた。
「け、決してそのようなことは」
「なら、どうして今の貴方はそんなに気弱なのです」
「そ、そんなこと」
「そうですか? 何時もの貴方なら、あんな空気を吹き飛ばして仕舞う方でしたが」
良くも悪くも空気を読まず強引に進んでいく昴だ。
学校でもクラスの出し物で主役を演じようと立候補したが、投票で寧音に決まっても一歩も退かず、自分が主役に相応しいと延々一時間演説を行った。
結局、決定は覆らず、見る目のない人間ばかりだと昴は大いに嘆いた。
だが、大勢が否定しても決して退かず自説を述べる姿は寧音の印象に残った。
それが口先だけでないことも寧音は知っている。
遠足の時、予定地よりも遠い山を素敵だからという理由で一人で登りはじめ山頂に登り上がってしまったくらい行動力がある。
忠弥の飛行機製作を手伝っているのも忠弥の夢が途方もなく大きく、自分も大空へ高く飛べると思ったからだ。
「なのにどうして進めないのですか?」
静かにだが逃がさない口調で寧音は尋ねる。
「……怖いのよ。大洋横断で忠弥がいなくなってしまうのではないか、事故を起こして帰ってこないのではないか、と」
長距離飛行は何度も行っているが、何時も成功しているわけではなかった。
地上でエンジンの試験中、突然エンジンが過熱して煙を上げたり爆発したことは何度もあった。
事故を起こさないよう予め調べておくのが目的だった。
だが、長距離飛行に向けた三角飛行の時、飛行中、突然エンジンが事故を起こした時、昴の目の前で黒煙を吹いて炎を上げた時は恐怖を感じた。
その時は、忠弥が冷静に燃料コックを閉鎖して火災を消火して滑空し、無事に滑走路に着陸した。
忠弥に怪我はなかったが、昴の心は恐怖で満たされた。
皇国縦断飛行の時は陸地沿いなので少しは安全だった。しかし、積乱雲に遭遇し一度針路を逸らして見失った時は恐ろしかった。
その時は無事に戻ってきたので、着陸した時は心底ほっとした。
だが、次は陸地のない大洋横断。
海軍の艦艇が洋上に待機するが、確実ではない。
だから最近は忠弥が事故を起こし、消えていなくなってしまうのではないか、と怖くなっていた。
「忠弥さんが大切なのですね」
「ええ、そうよ。貴方には分からないでしょうけど」
「そうですね。どうして大切なのですか?」
「私を未知の世界に、大空に飛び上がらせてくれたからよ」
片田舎の家に生まれながらも大空に憧れ続けた同い年の少年。
それまでなら夢物語と一笑に付されたことを、少年は自分は出来ると信じて諦めなかった。
そんな時出会った昴に、忠弥は猛アタックした。
目当ては自動車とそのエンジン、そして製作手段で昴などそれをたぐり寄せるきっかけでしかなかった。
これまで島津の財産目当てに近づいてきた人物はいたが、エンジン目当てに近づいてきたのは忠弥が初めてで、袖にされた事も軽くショッキングだった。
そして忠弥の描く馬鹿馬鹿しくも、壮大な夢に圧倒された。
次々と着実に夢に向かって地歩を固め、出会ってから半年で飛行に成功した。
夢物語だった飛行を成功させ、人々の意識を大きく変えてしまった。
何より空を飛んだのを見た時、昴の世界が大きく変わった。
何処までも高く飛び遠くへ行けると思った。
その後、自分も飛ばしてもらい、忠弥が自分を何処までも飛ばしてくれると信じた。
だから初飛行以来、昴は忠弥の事から目が離せなくなり、大切な人となった。
そして失うのが怖くなった。
「大洋横断が大切なのは分かっているし、忠弥がやりたいことも知っている。そんな忠弥を支えたいと思ってきたわ。だから止めることは出来ない。だけど忠弥を失うのが怖いのよ」
そしてさみしげに昴は寧音に言う。
「馬鹿げているでしょう。こんなにも大事に思っているのに止めようとするなんて」
「分かりますわ」
「え?」
寧音の一言に昴は衝撃を受けた。
「私も同じ気持ちです。皇都の一角で忠弥さんが飛んだあの日から忠弥さんを目で追っていました。貴方と同じように私も大空へ忠弥さんが導いてくれると思いました。そしてそんな忠弥さんが事故を起こしていなくなってしまうのではないかと心配しています」
「だったら」
「でも、今の昴さんは、昴さんらしくありません」
「どういうことよ」
「普段の貴方なら。何時も毅然としています。良くも悪くも、自分の気持ちに正直です」
「弱音を吐けって言うの」
「そうです。思いっきりに真正面に自分の気持ちをぶつけなさい。それが島津昴でしょう」
寧音の言葉に昴は圧倒された。
「……貴方らしくないから、弱音を叩き付けてこいって、酷い言い草ね」
「でも、それが昴さんでしょう」
「そうね。私は島津昴、夜空に輝く星の名前を持つ少女だもの。弱音だって輝かせてみせるわ」
決意すると、逸れも出の気弱さが嘘のように消えていた。
「それじゃあ、私は忠弥の元に行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
歩いて行く昴を寧音は見送った。
「本当は私が言いたいのですが、その役ではありませんね」
そして、昴が消えるとさみしげに寧音は言った。
自分の気質ではないしこれまでの関係性からも忠弥の力にはなれないと寧音は知っていた。
だから一番力になれる昴に発破を掛けて計画が進むようにした。
「でも、負けませんからね。昴さん」
いつか昴に変わり自分が忠弥の横に立てるようにしよう、と寧音は決意した。
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