第61話 決行前の会議

 数週間後、大東島に島津によって作られた空港の一角にある格納庫に忠弥達は集まっていた。


「さて、飛行計画の説明を行います」


 忠弥は相原大尉と他に計画参加者、各部門の責任者を前に話し始めた。

 相原大尉とのわだかまりも消えて、計画は順調に進み始めている。実行前の最終プランを話し合う時期に来たと忠弥は判断した。

 相原大尉の事もあり、全員と話し合う機会を設けることにして出発地である大東島の島津産業の格納庫に集めた。

 議論百出するかも知れないが、忠弥の計画を実行する決意は変わらない。


「皇国から共和国の沿岸まで飛行します。ただひたすら東に向かって飛行します」


 共和国には岩菱の助力もあり飛行場が沿岸部とパリシイの二箇所に建設されていた。


「どちらの飛行場も設備は終えています」


 寧音が伝えた。

 岩菱のサポートが入ってから連絡役として計画に加わっている。

 交換条件として岩菱への技術供与、岩菱の技術者を受け入れ飛行機の技術を提供することになっている。

 教えるのは手間だが、彼らのおかげで計画が進んでいるのも事実だ。

 なにより、問題だった共和国での飛行場建設がダーク氏の妨害を排除し終えられたことは大きく岩菱がいなければ解決しなかった。

 どちらも最低限の設備しか整えられていないが離着陸は可能と忠弥は判断した。


「先の皇国縦断飛行によって士魂号は二四時間以上の飛行に耐えられる事が証明されました。飛行機による大洋横断は可能です」


 無言の肯定が格納庫に広がる。

 二四時間以上、飛行距離三五〇〇キロ以上の連続飛行を成功させたのだ。

 大洋横断は二五〇〇キロ。十分に大陸に届く。

 届いてお釣りが出るほどだ。


「飛行機の各機構は正常に作動しました。高度三〇〇〇メートルでも無事に過ごせます」


 空気抵抗を少なくするために高空を飛ぶことになっていた。

 心配していた気圧や寒さによる影響は見られず、故障もしなかった。

 横断飛行でも各機材は無事に作動してくれるだろう。


「ですが最大の難関であり不確定要素があります。それは天候です」


 唸るような声が格納庫内に響いた。

 大洋の天候観測は通常は行われていない。洋上に密に船を配置する事が出来ないからだ。

 さらに船が同じ位置に留まる事が難しい。天候が急変しやすい上、嵐に遭遇したら非難しないといけないからだ。

 そのため、正確な予報を見極めるのが難しい。


「大洋に関しては分からないことが多いので臨機応変に対応しましょう。一応、進路上に海軍の軍艦が待機していますが、何が起きるか分かりません。嵐は起こるコース変更があると考えておいて下さい。しかし心配しないで下さい。二四時間以上の飛行を成功させました。三〇時間も上空にいられます。迂回コースをとっても十分に到達できます」


 忠弥の言葉に全員が安堵した。

 自分たちが仕上げた飛行機なら迂回飛行しても必ず二人を連れてきてくれると信じていた。


「では、何時起きるか分からない可能性の話は終えて、問題点を解決しましょう。最大の問題は出発地と到着地の天候が快晴である事です」


 忠弥の言葉に参加者達は唸りにも似た声を上げる。

 上空に上がれば雨雲を迂回できるが、離陸地が悪天候だと離陸できない。それどころか着陸地が悪天候だと着陸できず墜落してしまう。

 過剰なほど燃料を積載し、予定よりも一〇時間以上飛べるようにしたのは着陸地で悪天候による上空待機を考えての事だ。

 二一世紀の気象観測網なら悪天候を予想できる、あるいは航空工学なら悪天候下でも着陸できるだろう。

 しかし、忠弥達はいずれもなく、大自然の前に己の貧弱な技術と理論に基づいた推測で行わなければならない。


「それに海軍の艦艇は予め配置しておく必要があります。全面協力とは言え、常に洋上に置いておくわけにもいきません」


 海軍の代表者が話した。

 すでに艦艇は新大陸の軍港に到達し実行を待っている。

 貴重な石炭と何百人もの人員を動かす経費を考えたら、それも一隻だけではなく十数隻も配置するとなると莫大な予算が必要だし、予め準備が必要となる。


「決行日の数日前に決断して頂かないと配置に付けません」


 一番遠い中間地点で艦艇が到達するのに三日かかる。

 ラスコー共和国の好意で共和国内の港や共和国海軍の艦艇も応援してくれるが、予め配置に付くのに時間がかかる。

 出発三日前に離陸地と着陸地が好天になる時間帯を見定める必要があった。


「それなら、一応考えが二つあります」

「何ですか?」

「一つは着陸地を二つ設定する事です。第一候補の沿岸部の他にパリシイにも着陸地を設定しました」


 離れた場所に代替着陸地を設定するのは二一世紀の飛行機でもしていることだ。

 目的地が悪天候で着陸不能になるのを想定し、燃料切れの墜落を避けるため、代わりの着陸空港を決めておく事は良くある。

 しかし、初めての遠隔地への飛行に恐れを抱いていた技術者達は忠弥の意見に感心する。


「確かに内陸部であれば着陸できる確率が高いですね」


 雲を作り出す海から遠い内陸部の首都パリシイなら着陸できる可能性は高い。

 飛んで行くだけの燃料も十分にある。

 沿岸部の着陸地の方が近くて飛行距離も時間も小さくて済むので候補からは外さないが、代替地があるのは心強い。


「それでもう一つの手段とは?」

「報告します!」


 技術者の質問の前に伝令が入って来た。


「南方に台風が発生しました。四日後に皇国を直撃します」

「ありがとう」


 伝令に忠弥はお礼を言うと全員に向かって言った。


「皆さん、出発日は決まりました。出発は六日後、台風が過ぎ去った後です」

「本気ですか?」


 全員が疑いの目を忠弥に向けた。


「はい、これまでの気象データを解析した結果、台風が過ぎ去った後の二、三日は新大陸、共和国共に晴れています。この機会を逃すわけにはいきません」


 忠弥は過去の気象データ、台風通過後の共和国と秋津皇国の気象記録を見せた。

 いずれも台風通過後は二、三日両国共に晴れていた。


「確かに、両国共に晴れていますね」

「しかし、大丈夫でしょうか。次も同じとは限りません」


 別の技術者が言うことを忠弥も心配していた。

 前回が同じだったからと言って次回も同じとは限らない。


「他に決定の方法はありません。この計画に従って行動をお願いします」


 忠弥は言うがほぼ全員が半信半疑だった。


(うーん、重苦しいですね)


 昭弥は、難しい顔をした。

 前人未踏の計画、その実行を前に全員の間に重苦しい空気が立ちこめ、黙り込んでしまった。


「……少し休憩しましょうか。三十分ぐらい休みましょう」


 忠弥はそう言って、一度空気を変えるべく休憩を入れた。

 集まったメンバーはそれぞれ気分転換をしようと席を立っていく。


「……」


 その中の一人に不審な動きを見た寧音は、その人物の元へ向かった。

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