第55話 飛行協会
「操縦者を二人に増やすことに賛成だ」
一人乗りに強くこだわる忠弥に二人乗りを進言したのは義彦だった。
「これから飛行機が増えていく。しかしその全てを君が一人で飛ばすことは出来ないだろう」
「そうですが」
「一人でも多くのパイロットが必要だ。空を飛ばす仲間を増やすためにも、新人教育と相棒を見つけるのは必要な事だと思うが」
なおも意地を張る忠弥に義彦は諭すように言う。
忠弥は反論しようとしたが、義彦の無言の視線に反論できない。
「……はい」
最後に小さく返事をして義彦の言葉に忠弥は従った。
「じゃあ、相棒捜しだな」
「ええ、ペアを探しましょう」
「ペア?」
「同じ飛行機に乗り込む搭乗員の事です」
「君が決めたのか?」
「ええ……」
少し歯切れ悪く答えた。
複座以上の搭乗員をペアと呼ぶのは旧日本海軍航空隊の伝統だったからだ。面白いことに、ペアは二人でも三人でもペアで、最大一三名が乗った二式大艇でも搭乗員全員をペアと呼んでいる。
「これから伝統になるんだろうな」
「ええ」
ここに複座以上の飛行機の搭乗員の事をペアと呼ぶ伝統が生まれた。
「ここに来るのも久しぶりですね」
忠弥が向かったのは秋津航空協会である。
初飛行から暫くして島津産業後援の元、設立された航空産業の発展と後進の育成を目的にした団体である。
現在ある部門は主に三つで開発販売部門と商業飛行部門そして教育部門に分かれる。
開発販売部門は航空機の開発と販売を行っているが、現在飛行機の開発製造が出来る会社が島津しかなく、島津産業の出先機関となっていた。
商業飛行部門は忠弥が強固に主張して作られた部門だった。
航空産業を育成するには、利益の出る商業飛行を行い、飛行機は儲かる、経済的だと実証する必要がある。
安定した飛行が出来るようになったが、飛行機は未だに趣味、冒険であると多くの人が思っている。そのため、血気盛んな若者には人気だったが、各界の有力者の視線は見世物の一種としか見ていない。
これでは飛行機の発展は見込めない。発明とは必要があってこそ発展するのだ。
だから経済的に採算の取れる飛行を行う部門、将来航空会社の礎となる部門が必要だった。
しかし、現在飛行士が殆どいないため、実験的な飛行に収まってる。
それでも、遊覧飛行や文字を書いた吹き流しを牽いたり、ビラをまく宣伝飛行を企業に提案して事業化を目指していた。
国会に議席を獲得した義彦の尽力もあり郵政省から郵便飛行の依頼や、陸軍参謀本部測量部から航空写真による測量研究依頼が入ってきている。
将来の飛行の確約が出来たこともあり、あとは飛行するだけ。人員――パイロットと整備員、誘導員などの地上要員を確保すればいつでも実現できる状態にまで進めていた。
そのため今協会が一番力を入れているのが教育部門だった。
忠弥の初飛行に刺激されて自分も空を飛びたいと思った人達が門を叩いてきていた。
後進育成のために忠弥は初飛行を成功させた技術者の中から操縦適正のある人を見つけて無動力で飛ばしたあと、動力機で訓練し終了すると教官に任命。彼等を教官に志願者の中から厳選された第一期生を入れ、彼らが空を飛べるように教育している真っ最中だった。
「あ、忠弥さん。お久しぶりです」
元技術者で今は協会の教官が忠弥を見て挨拶をした。
「お疲れ様です。第一期生の教育は進んでいますか」
実は忠弥はあまり協会には来ていない。普及機の設計開発やダーク氏との対談、その後の大洋横断のための準備で殆ど顔を出していない。
事実上、放任にしていた。
そのため少々どころかすごくバツが悪かった。
しかし教官に任命された元技術者は笑顔で答えた。
「ええ、皆さん優秀で私たちから教わることは全て教えました。今では自分たちで進めており、私たちが教わる事の方が多いです。」
第一期生は一〇代後半から三〇代前半まで年齢を問わず皇国各地から優秀な人材が集まっており、短期間で操縦方法を学んだ。
まだ十分な教材がなく、教科書もない中実戦で教えることになっていたが、皆頭が優秀なので直ぐに操縦方法をマスターしていった。
「今、今度入ってくる第二期生のために教科書の製作を行っています。操縦方法で分からないことやコツを伝授できるように教えてくれています」
「原稿で良いので、一寸、見せて貰って良いですか」
「は、はい」
忠弥は教科書の原稿を受け取って読んでみた。
「……一部間違いはありますが、中々良い出来です。イラストを増やして分かりやすくして配布しましょう」
「そうですか、良かった。忠弥さんに認められて」
「いえ、私がいない間によく纏めてくれました。ところでこれを纏めた人は誰ですか」
「ああ、海軍から派遣された方で相原二郎大尉です」
「呼んできて貰えますか」
「はい」
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