第54話 一人か二人か
「さて、飛行計画の話をしよう」
十数人の計画参加者を前に忠弥は説明する。だが、その顔は疲れの色が濃い。
訓練のために一〇時間以上の長時間飛行を終えた後だ。一応、睡眠は取っていたが疲れが抜けきっていない。
「休まれては?」
「ありがとう。いや、ここで話しておかないと、齟齬を来す」
忠弥は技術者の気遣いに感謝しつつも話を続けた。
「計画の目的は新大陸から旧大陸までの無着陸横断飛行。飛行機が大洋を横断できる能力があることを示すためにも成功させなければ成りません」
忠弥の意気込みに技術者達も頷く。
これまで飛行機は離陸値の上空を飛ぶことが殆どで遠くまで行ったことが無い。
その状況を見て<機械仕掛けの凧モドキ>と読んで蔑む人間さえいる。
長距離飛行の実験に成功しても、遠隔地まで飛んでいない。無用の長物ではないか、と話す人間もいる。
しかし、忠弥と技術者達は信じていた。
飛行機がいずれ世界中を飛ぶことを。
大空を飛行機の翼が埋め尽くすことを信じていた。
確信していたのは忠弥だ。
二一世紀初頭から来た忠弥は世界中を飛行機が飛んでいることを一日に何百万人、何万トンもの貨物が空を飛んでいることを知っているし、見ていた。
この世界で同じ事が出来ないと言う理由はない。
忠弥はその世界に向かって加速してたどり着くことを決めており、そのために計画に邁進していた。
「前回の皇国縦断飛行で飛行機が長距離を飛べることが分かりました。我々の飛行機が十分に長距離を飛べることを証明しています。次は大洋を横断できる能力を証明するための無着陸縦断飛行です」
技術者達は忠弥の言葉に強く頷く。
デモンストレーションとテストを兼ねて秋津皇国の北端から南端までの三五〇〇キロを中継地を経由しつつ七二時間で飛行することに成功した。
少なくとも、連続飛行で長距離を飛べることが証明できた。
「出来れば北端から南端までの秋津皇国無着陸縦断を行いたいところですが、距離がありすぎます。着陸できる場所に沿って二〇時間の飛行を成功させるのが次回の目的です」
直線距離を飛行できるか確かめる為にも縦断はやっておきたかった。
何より知らない場所を初めて飛ぶという経験を忠弥は重ねなければ、危機に対応できない。
大洋横断は何も無い海原だが、何が起きるか分からない。
緊急事態が起きても冷静に対処する必要がある。
「これに成功すれば、大洋横断に成功します」
「しかし、単独での連続しての二〇時間の飛行は危険では?」
技術者の一人が疑問を口にした。
「そうですが、パイロット一人分の重量を削減するためにも、私が単独で飛行するべきと考えています」
「しかし、連続飛行、無着陸飛行で二〇時間は危険です」
七二時間掛かったのは各地で何度も離着陸を繰り返し、燃料の補給と忠弥の休憩を御なわせたからだ。
そのため北端から出発して南端にまで行くのに休憩時間を含めて七二時間も掛かってしまった。
一回あたりの連続飛行では最長でも五時間も超えていない。
それでも飛行で忠弥は疲労困憊だった。
「やはり、二人で乗っていくべきです」
疲れ切っている忠弥に技術者は二人乗りを強く勧める
二人乗りになって操縦と休息を交代交代に行うことで長距離飛行を行うのは良い。
しかし、忠弥は躊躇した。
「でも重量が増えてしまいます」
乗員が増えるとその分、機体が重くなる。
エンジンの出力が小さいため重量が制限される機体では、燃料の減少にすぐにつながる。
大洋を横断しきる前に燃料切れになる可能性があり、忠弥は二人乗りを基本プランから外していた。
「燃料をできるだけ多く積みたいので計画通り私一人で行きます」
「大丈夫です、忠弥さんは軽いので大人一人ぐらいは乗せられます」
「そうだけど」
だが、忠弥の体格一一才になろうとしている小さい身体は軽く飛行機の重量にあまり影響しない。そのため大人一人を乗せる事を考えている飛行機に大人を乗せる事は可能だ。
「大丈夫です。計算上は十分に余裕があります」
すでに技術者達は大人一人分の燃料を追加しても無事に到達できることを計算で導き出していた。
「設計も大まかですが、出来ています。必ずや飛行できます」
「だけどこんな危険な飛行に連れて行くのはどうもな」
そしてもう一つの忠弥の躊躇う理由が、最大の懸念は、これまで忠弥が一人で飛行機を研究し飛行を進めてきたからだ。
細部に関しては専門の技術者に相談したし、何万点とある部品を製図する必要があったので人手を欲してはいた。
だが、根幹となる理論とその実証においては、殆ど忠弥が一人で独力で達成していた。
忠弥は二一世紀の航空工学の知識を持っており、知識量で上に立っていた。
そして、飛行するときは何時も単独だった。
一瞬の気の緩みも許されない飛行操縦で他人に命を預けるのが怖かった。そして、共に飛行をしようという熱意に溢れた人物が居なかったこともある。
一緒に飛ぶ仲間が居なかった。
二一世紀の日本の学校では友達、志を同じくする同志を見つけるやり方など教わっていない。
まして命の危険がある飛行に連れ立っていく相手など、どうやって見つけ出せというのだ。
だから忠弥は、誰かと飛ぶことを恐れていた。
昴と一緒に飛んだのは彼女が強く願ったからだ。
しかし、今回は乗せていない。あまりにも危険だからだ。
むしろ女性初の飛行者として各地で講演を行い、飛行機の有用性を伝えてくれた方が良い。
いま昴がこの場に居ないのは、出発地で見送った後、皇都で着陸の瞬間をラジオで多くの人と一緒に聞く、一種のパブリックビューイング、いやラジオを聞くのでパブリックヒアリングとでも言うべきか、そのような催しを行って飛行機熱を上げるために動いてくれている。
飛行の腕に関しては、良いと思っている。
あれから忠弥が度々手ほどきしているが、理論を理解するのではなく、直感で飛行機を操縦しているような感じだが、上手く飛行機を操っている。
しかし、十一歳という年齢では体力がないため、飛行の途中で居眠りしてしまう危険があった。
他に当てに出来る人材に心当たりもないので、忠弥は単独にこだわっていた。
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