第53話 長距離飛行の問題

「それと、電波誘導装置はどうしますか?」


 忠弥に技術者が尋ねた。

 標識の無い太陽を飛行する時、使えるのは頼りないコンパスぐらいだ。

 そのため忠弥は安全に飛行できるように地上に電波発信装置を置いて飛行機側の受信機で受信。感度の高い方向へ機首を向ける誘導装置を作った。


「それは必要だ取り付けよう」


「信頼性がイマイチですが」


 だが、飛行機に乗せられるほど信頼性の高い、感度が良く、故障が少なくて軽量という条件のものは出来上がっていなかった。


「我が海軍の協力で道中に道案内として軍艦が配備されます。不要では?」


 海軍から送られてきた技術者が尋ねた。

 これからの戦いにおいて航空機が役に立つのではないか。例えばマストより高い場所から偵察すれば敵を早期に発見し優位に立てるのではないか。

 そう考えた海軍上層部忠弥の飛行機に興味を持ち、協力を打診してきてくれた。

 技術者の派遣もそうだし、今回の大洋横断も索敵能力向上や大陸との連絡、将来的には航空機による攻撃も視野に入れていた。

 そのため今回の飛行では全面協力して貰う事になり、洋上での誘導のために進路上に軍艦を配置して送ってくれることになっている。


「有り難いけど、上空からだと大型艦でも木の葉みたいな小さいものだ。見落とす可能性が高い。それに万が一天候が急変して雲に覆われたら海上は見えないよ」


「確かに海の上の船をマストから見つけるのは難しいですからな」


 海軍出身の技術者も実際に気球に乗って数百メートルの高さから海上を観測したことがある。

 水平線までの距離は長くなるが、そこに浮かぶ船が木の葉のように小さい。高度四〇〇メートルで八〇キロ先の水平線まで見渡せるが、八〇キロ先まで見える望遠鏡や観測器機を使わなければならず、実用的ではなかった。

 見通しの良い空だが、高い高度だと真下でさえ対象が小さすぎると、例え二〇〇メートル近い船でも見落とす可能性がある。

 特に飛行機は操縦にかかりきりになっていると、真下を見ることが出来ない。

 それに飛行は天候が良い日を選んで行う予定だが、予報が変わって急変する可能性は高い。いや起きると考えて備えるべきだった。


「万が一に備えて出来る限りの装備は付けておきたい」


「しかし、信用性の無い装備を搭載するのは死重になりませんか」


 機器を使用するとき、活用されていない、必要の無い部品の重量のことを死重と呼ぶ。

 不要な装備を付けているのは重量増加となり機体に良くない。特に長距離飛行を行う場合は、重量管理、何が必要な部品か、それまでの飛行には必要だったが、長距離飛行には必要か判断し積み込む必要がある。

 しかし死重かどうかの判断は難しい。

 例えば車輪は飛行中には不要なもので空気抵抗の原因になる。

 しかし地上の移動、離着陸には必要な不可欠なものであり、取り外すことは出来ない。

 どの場面で何が必要か考えて装備する必要があるのだ。


「飛行に必要とは思えませんが」


「いや、正常に使えるように改良を進める。それに無いよりあった方が良い」


 飛行中使う機械が無いからと言って全て下ろしてしまうのは、事故は起こらない沈まないと言って救命ボートを船に積み込まないのと同じだ。


「これから高空での飛行テストを繰り返す。その過程で実験し改良を加えていこう。大変だが、頼むぞ」


「勿論ですが、忠弥さんは大丈夫ですか?」


 海上横断飛行に成功すれば直ぐに大洋横断に向かうのではない。

 その間にやらなければならない事が多い。

 短くても二五〇〇キロ以上の距離があり、平均時速を一五〇キロとする一四時間掛かる。

 その間、エンジンを動かし続ける必要がある。途中でエンジン停止がないように余裕を持って三〇時間の連続稼動試験を行い正常に作動するか確かめる必要があった。

 しかしそれは地上試験であり実際に飛んでいるわけではない。


「だから二〇時間の三角飛行を行うんだ」


 三つの地点を指定してその間を順々に周回する三角飛行は長距離飛行実験に使われる。

 旋回する場所や角度が決まっており、着陸できる場所に近い場所で飛行するからだ。


「ですが、忠弥さんはずっと飛び続けることになるんですよ」


 しかし、飛行機は常に飛び続ける。自動操縦など無いため、常にパイロットが操縦し続ける必要がある。

 つまり大洋横断だけでなく、長距離飛行実験では忠弥は二〇時間も飛び続ける必要がある。


「他のパイロットにやらせては」


「他の人にも協力を仰ぎます。流石に単独で機体を連続で二〇時間も繰り返し飛び続けられません」


 リンドバーグは一人で三三時間操縦を続け横断飛行に成功させた。

 だが、それはリンドバーグが二五才の時の話であり気力体力が充実していた。

 一方の忠弥は十才を過ぎたばかり。小柄なのは飛行機を操縦するのに好都合だが、体力が足りない。将来性はあるが、一五年待っていたら、誰かに大洋横断を先に制覇されてしまう。

 長時間飛行を成功させるためにも他の飛行士に飛んで貰う必要がある。


「しかし、実際に横断するのは私です。ぶっつけ本番で飛ぶより、数回飛んで経験しておきませんと」


「数回も飛ぶんですか!」


 飛行時間が一回あたり二時間として、約一二時間。

 まる一日以上、空の上にいることになる。


「ええ、それぐらいしないと大洋横断なんて出来ません。苦労を掛けますが、宜しくお願いします」


「……分かりました!」


 技術者は勢いよく答えた。

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