第33話 ネガティブキャンペーン

「私は二宮忠弥氏と島津義彦氏が喧伝する彼等の人類初の有人動力飛行について明確に異議を唱える。何故なら人類初の有人動力飛行は私がメイフラワー合衆国において去年の秋に成功させたからだ。故に人類初は私の栄誉であり、彼等は飛行に成功したかもしれないが、人類初では無い」


 船から秋津皇国の港に下りたダーク氏は上陸して真っ先に秋津の記者団に断言した。


「忠弥氏はあれこれと私の飛行に文句を付けているようだが私がポワータン川で飛行機を実際に飛行させたのは事実であり、彼等よりも先に飛んでいる。人類初の有人動力飛行を行ったのは私だ」


 以上の言葉は直ぐさま秋津皇国の新聞に載り世間に大々的に報道された。




「何やら雲行きが怪しくなってきましたね」


 新聞を読んでいた寧音は岩菱の屋敷で呟いた。

 ラジオ放送で大衆へ演説を始めた島津新党の支持率は大きく上がっており、選挙で大勝し第一党になり得る可能性が出てきていた。

 しかし、ダーク氏の来訪とこの記事により、島津新党の支持基盤、人類初の有人動力飛行のスポンサー、有人飛行そのものに疑義が生じ、支持率は徐々に低下しているように感じられた。


「くくく」


 寧音が新聞を読んでいる横豊久が笑っている。


「何か仕掛けたのですか?」


「なに、合衆国の有人に、少しばかりこの国で起きたことを伝えたまでよ」


 通信手段が限られた世界のため、よほどの緊急事態でも無い限り、情報が新聞に載ることは少ない。

 例え航空史に残る偉業でも、それが正確に伝わるのは時間が掛かる。

 地球でもライト兄弟の人類初の有人動力飛行が日本に知れ渡るのに年単位の時間が掛かった。

 忠弥の偉業は皇国では知られていたが、海外には一部を除いて伝わっていなかったし、効いた人間も眉唾ものだとして真面目に取り合っていなかった。


「だが、偉業を達成したと喧伝しているからには鉢合わせは回避出来ぬ」


「島津の政党を潰すために出したのでしょうか」


「どうかのう」


 豊久はごまかすように笑った。

 実際に手を回していたからだ。

 政商として政府に近く与党との繋がりも強い。

 義彦を潰すために合衆国からダーク氏を招くべく資金援助して、裏で手を回した。

 ラジオによる選挙演説で各地で島津の政党は優位に立ちつつある。

 ここで島津の足下を、異形とされる有人動力飛行に物言いが付くことで島津の新党の支持を失わさせることが目的だった。


「これ以上、お爺様達の方針を邪魔されないようにですか」


「その通りじゃ」


 寧音の推測を豊久は認めた。だが寧音はさほど驚かなかった。

 開国の厳しい情勢、世界の政治の中心が旧大陸か新大陸かでもめている時期に開国したのが秋津皇国だ。

 諸外国は大洋の中心にあり貿易中継拠点として役に立つ秋津を求め、隙あらば植民地にしようとしていた。

 現に開国を求めてメイフラワー合衆国が艦隊を強引に入港させてきたことが開国にいたる直接の原因だったが、他の諸国も似たようなものであり、メイフラワー合衆国と通商条約を結ぶと我も我もと秋津に条約締結を不平等条約を求めてきた。

 秋津が開国したのはそうした諸外国に対抗するためだ。

 豊久を始め今の政府の重鎮は出身や政策の違いはあれど、根幹に外国からの脅威に対抗するという強い意志であり、立場の違いはあっても共感できる同志であった。

 時に対立しても心の底では繋がっており、今の秋津の繁栄を築いたと考えている。

 しかし、民衆にまでその意志は伝わっていない。

 秋津を守るために政府与党が富国強兵策を議会で提言しても、生活向上を求めて否決することが続いていた。

 そのため、開国へ導いた重鎮達は与党系の政党を作り、政府の支持層を作っていた。


「再び民衆を扇動して国の方針を危うくされては危険だ。そして義彦は民衆の心を掴むのが上手い。民衆の心を短期間で掴んだ。今潰さなければ」


 選挙対策に祖父が並々ならぬ努力をしていたことは、寧音も知っていたから驚かなかった。


「しかし、上手くいくでしょうか?」


「上手くいかなくても、疑義が生じれば良いのだ」


 確かに、疑義が生じているだけでそれまで急激に支持を集めていた島津新党は支持率に伸び悩んでいる。

 普通選挙を手に入れた民衆だったが誰に投票するべきか理解できない、立候補者の能力を見定めることが出来ないため、候補者の業績を見て判断するしかなかった。

 島津が伸びていたのは人類初の有人動力飛行という快挙を皇国にもたらしたからであって、そこに疑義が生じれば支持は減っていく。


「そのためのダーク氏ですか」


 技術面で遅れていた秋津皇国には海外が優れている、舶来物をありがたがる風潮がある。

 確かに外国の方が優れている部分は多く、秋津に取り入れれば効果が上がりそうな物が多い。


(どうなのだろう)


 しかし、自らの手で生み出した、控えめに言って、世界に誇るべき発明を否定して良いのだろうか、と寧音は疑問に思った。


「このまま、義彦を潰してやろう」


 自分と同世代の少年が立てた偉業ごと、政敵を潰そうとする祖父豊久の不気味な笑みに寧音は背筋が冷え、同時に胸がチクリと痛んだ。

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