第32話 ラジオ
『秋津皇国皇民の皆様、こんばんは。秋津飛翔党の党首島津義彦です』
ある日の夕刻、スピーカーから義彦の声が流れた。
『私は秋津の将来を考え、様々な産業を飛翔するが如く発展させるため立候補しました。先日、人類初の有人動力飛行を実現したように他の産業でも著しい発展に寄与するべく頑張ります。しかし、そのためには私だけでは、なしえません。ここにいらっしゃる志を同じくする候補者の方々と共に国会に出向かなくては実現出来ません。ですからどうか今度の選挙では秋津飛翔党に清き一票をお願いいたします』
夕方、人々が集まる居酒屋や集会場に設置されたラジオから義彦の声が流れた。
ラジオの前には秋津飛翔党の立候補者かその代理人が立って頭を下げて挨拶をしている。
このような光景が皇国の津々浦々で起きていた。
「お疲れ様です御父様」
「いや、疲れていないよ。全国遊説に比べればね」
明るい表情で工場に作られたスタジオから出てきた義彦は出迎えた娘の昴に言った。
「これのお陰で、何処かの放送局に居ながらにして全国へ声を届けられる」
義彦はマイクを見た後、提案者の忠弥を見て言った。
忠弥が考えた選挙活動の方法はラジオ放送だった。
元々、航空無線用に電波技術を研究していた。それを応用してラジオを作り上げた。
無線電話は開発されており、受信のみなら簡単な装置、受信用のアンテナ、増幅用の真空管あるいは検波用の鉱石、音声を出力するスピーカーさえあれば作れる。
皇国各地に放送局を作る必要があるが、選挙民の多い大都市を中心に設置している。
だが昴が疑問点を忠弥にぶつけた。
「しかし、多くのラジオを無料で配るのはやり過ぎでは」
昴の言うとおり出来たラジオの多くをを居酒屋や集会場などに無料で配った。
「大勢の人が短期間でラジオを聞けるようにするにはこれしかありませんでした」
忠弥は初期生産分の大半を大都市の人が大勢集まる居酒屋や大衆食堂に配った。これで数の少ない初期生産分で大勢の人々にラジオの声を聞かせることが出来る。
大衆食堂や居酒屋に焦点を絞ったのも人が集まりやすいからだ。放送時間を夕方にしたのも人々が仕事を終えて一杯やろうと居酒屋や大衆食堂に集まってくる時間を狙っての事だ。
その資金源は言うまでも無くこれまでの島津産業の稼ぎだった。
選挙に勝つために手段は問わずにいた。
二一世紀の日本なら選挙法違反で逮捕だが、ここは秋津皇国。
選挙法はあるがラジオで演説するなど想定していない。
そしてラジオから放送できるのは義彦率いる秋津飛翔党のみ。
義彦は放送局のマイクの前に立つだけで、全国に声を届けさせる事が出来る。
だが他の政党は放送させておらず、他党は有力者や候補者の声が届く範囲にしか演説できない。
義彦は選挙戦で圧倒的優位に立つ事が出来た。
「しかし、いくら何でも気前が良すぎでは?」
「勿論、今後は無料配布はしないよ。家庭や個人用にもラジオを作って販売するよ。そのためにはラジオの良さを知ってもらわないと買ってくれないだろう」
忠弥もラジオ事業の採算を考えていないわけではなかった。
ラジオ本体が売れるように、実物のデモンストレーションも兼ねて各地に配っていたのだ。
「でも、選挙演説をご家庭で聞きたい人はいるでしょうか? 私は御父様の声を聞けるので嬉しいですけど」
「そこは考えてあるよ」
忠弥が話しているとき放送中のラジオから声が流れた。
『えー、明日より全国の書店より辻堂出版より忍者韋駄天の最新刊が発売されます。今回の韋駄天は……』
「これは?」
「有名出版社の大作の広告だよ。この情報を聞きたくてラジオを聞きに来るだろう」
広告事業を行い広告料で収入を得るシステムを忠弥は作ってた。
「よく、広告を取れましたね」
「……ものすごく格安で契約したんだ。放送して貰う為にね」
今のところはラジオの聴衆を増やすために、大衆に人気の商品や製品、娯楽の宣伝を経費無視の料金で行っていた。
「事業が成り立つのですか」
「絶対になる。人々がラジオの声を聞くようになれば、広告を出す価値はあがる。広告料収入で全ての経費と投資を賄える」
ラジオの聴衆が増えればその影響力は大きく広告料も上がる。二一世紀の宣伝戦略と産業を見てきた忠弥は確信していた。
そのために番組作りも怠らなかった。
『続きまして皇都楽団の演奏を曲は<秋津の四季>でございます』
続いてスピーカーからは軽やかな管弦楽の音色が響き始めた。
ニュースや朗読劇、歌謡、楽団演奏など大衆受けする番組を放送し、聴衆を集める努力をしている。
選挙演説や広告だけでは人を引きつけることは出来ないからだ。
それらの間に番組を作り、ラジオ自体を魅力的にしていた。
「他にも新聞広告で我が党の主張や写真を掲載しているからね。これで我々は勝ったも同然だ」
二一世紀のアメリカの選挙並みの広報戦略と手法、予算をつぎ込んでいる。
義彦と秋津飛翔党は忠弥の名声もあり、第一党は無理でも議決に影響を与えるだけの席数を確保出来る見込みだった。
「さあ、仕事は終わったぞ。今日は久しぶりに三人で夕食にしよう」
義彦は意気揚々と二人を工場の食堂に案内していった。
工場に滞在する日数が多くなり、居心地を良くするためにそして忠弥を支える為に食堂を作り、一流の料理人を雇って腕を振るわせていた。
その日は忠弥も神妙に付き合い、早々に眠った。
そのため三人は翌日、事態を一変させる記事を同時に見る事になる。
<世界初の有人動力飛行を成功させた新大陸メイフラワー合衆国科学協会会長ダーク氏、実機フライングランナーを伴った凱旋ツアーの途中、我が秋津皇国に来訪。島津義彦氏の支援した有人動力飛行が世界初であることに異議を唱える>
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