第31話 全国演説
「ダメだ……もう……無理……」
全国遊説の途中で一度忠弥達の元へ戻って来た義彦は珍しく弱音を吐いた。
今のソファーにうつ伏せになって倒れ込んだまま義彦は言う。
「大丈夫ですか、お父様」
慌てて昴が駆け寄るが、義彦は起き上がることすら出来なかった。
疲れ切った顔など愛娘に見せることなど出来ないという意地もあり、顔を上げようとはしなかった。
「酷くお疲れのようですね」
「ああ……」
忠弥が昴を落ち着かせるように抱きしめながら義彦に言うが、義彦は突っ伏したまま言葉少なく、唸るように答える。
ようやく言葉が出てきたのは一分ほど経ってからだ。
「……全国の選挙区を回るなんて……無理」
皇国の選挙は大選挙区で、府県単位の選挙区に人口に比例して数名ずつ立候補出来る。
義彦は島津財閥で立ち上げた全国的な販売店網により各地域に立候補者と支援組織を作り上げた。
だが、義彦は党首として各地域に演説に赴かなくてはならなかった。
各地域は昔からの選挙で既存政党による強力な現職議員の後援会組織があるため、支持を得にくかった。
しかも各選挙区の古参議員は各町村を巡るどぶ板選挙を実施、地元の昔からの有力者であり自身の支援者の紹介で新たな有権者の抱き込みを図っていた。
新党の立候補者は政治的な実績が無く支持者も販売店の関係者であるため、党首である義彦の知名度に縋る以外に選挙を戦う方法が無かった。
他にあるとしても、義彦の演説と知名度ほど威力はなかった。
「……列車借りたけど……無理」
自動車の普及を諦めて自動二輪や原付の販売を決断し成功させて仕舞うほど道路交通網が発達していない皇国では長距離移動は鉄道か船だ。
船は足が遅いので、鉄道が旅客のメインになっている。
開国以来、鉄道網の整備に政府は力を入れてきており、近年ようやく全国が鉄道で繋げることに成功した。
だから、政治家は鉄道で異動して皇都と地元を往復しており、そのため国会議員には鉄道のフリーパスが議員特権として提供されている。
義彦もそれを知っており、鉄道を利用した。
それも列車を丸々一編成借り切り運転するという大技だ。
定期列車は本数が少なく乗り換えなどで時間が掛かる。
だが貸し切り列車で乗り換えや停車のないダイヤで運用すれば、効率的に各地を回ることが出来る。
すでに一部の大物政治家は行っており、最後尾の展望車から駅で支持者に演説を行うことが当たり前になっている。
米国の大統領選挙で使われるプライベートジェットのような運用法で、時間短縮には使える。
しかし、所詮は鉄道。
それも蒸気機関車で動かす列車のため、速度は遅く、移動に時間が掛かる。
その間義彦は車両で缶詰にされている。
一応休憩と体力回復用に個室はあるが最低限の設備しかなく、疲労が溜まりやすい。
「航空機が自由に活用できれば良いんですけど」
忠弥は肩を落とした。
もし、安全な飛行機があるのなら鉄道より短時間で移動が出来る。
しかし、安全性はまだ高くなく、町から町へ移動するだけでも事故が起きる可能性が高い。
忠弥の成功を見て各地に飛行場を建設しようという動きはあるがどれもまだ手つかずだ。
そんな状況で遊説飛行を強行して移動中に墜落されて死亡されたら、新興財閥の島津は義彦の手腕で出来たため義彦がいなくなると空中分解してしまう。
死ななくても大怪我を負って遊説不能になったら選挙戦に負けてしまう。
だが、このままでは、さすがの義彦も過労死してしまう。
「他の人に任せることは出来ませんか」
「無理……他に……ある人が……居ない」
昴が話しかけたが義彦は息も絶え絶えに言う。
党首が演説に出てこなければ知名度の低い新党は支持が上がらず、得票も伸びず、落選してしまう。
自動二輪で生活を向上させ、人類初の有人動力飛行を実現させた財閥の総帥という知名度抜群の義彦が演説に出てこなければ選挙活動は不発に終わる。
「会社経営と選挙活動を両立させるなんて無理」
さらに義彦には財閥総帥としての仕事もあった。
急拡大した島津産業の仕事もこなさなくてはならない部分が多い。
一部は遊説中の列車の中で仕事を行っているが、電報だけだとどうしてもタイムラグや通信内容が不十分になってしまう。
仕事を円滑に行うために、こうして幾度も本社のある皇都へ戻る必要があった。
以上のような状況のため義彦は身体が幾つあっても足りなかった。
「どこでもお父様の声が聞けると良いのですけど」
電話でさえ、予算不足のため電話線が町内でようやく敷かれたばかりの皇国では電話線を通じて演説など出来ないし、そんな機材もなかった。
「なんとかしないと」
義彦は焦っていた。
このままでは数万人の支持者がいるから中央政界に進出しようと各地に議員を立候補させて惨敗した幾多の弱小政党と同じ末路をたどってしまう。
だが、他に思いつく有効な手段がない。
「なら、これを使ってはどうでしょうか」
そんな時。忠弥が差し出したのは、真空管が付とスピーカーが付いた箱から細長い鉄の棒が伸びる物体だった。
「これは?」
「社長の声を全国に伝えるための装置です」
忠弥は満面の笑みを浮かべて答えた。
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