第30話 岩菱財閥

「新政党立ち上げか」


 皇都の一角に広大な敷地に豪奢な洋館と背後に和風の建物が建てられた一角がある。

 そこの主が新聞を広げて毒づいた。


「ふん、成金が」


 白髪交じりの長髪に恰幅の良い体をした初老の男、岩菱豊久。

 秋津皇国最大の財閥、岩菱財閥の総帥である。

 元々下級武士だったが開国前後より商売に手を出し始める。

 時代の流れに乗って開国派の有力諸侯と取引をして、鎖国派への武力行使を海外からの武器密輸および資金援助によって支援。

 見返りに彼らの領地での大きな取引を認められ、家を大きくする。

 開国後は、政府主流となった開国派に重用され、政商として活躍。特に民間銀行に発行させた銀行券統一の際は、親しい政府関係者からその情報をいち早く聞き、銀行券を買い占め莫大な金額を手にした。

 その強引さから国賊だ、と批判を受けるが、

 「私は真の愛国者であり、必要ならば全ての財貨を国に捧げよう。しかし、それで我が国は立ちゆくのか」

 と逆に詰め寄り批判した人物を黙らせた。

 岩菱は海運、重工業に進出しており、それは秋津皇国が近代化するために必要な産業だった。

 南北に伸び海岸線が長い秋津では海運が必要だったが、和船のような旧式の船では物流が諸外国に比べて貧弱だった。

 岩菱は海外から最新の蒸気船を導入して沿岸航路に投入し、物流を改善。生産力を上げていった。

 できあがった物流網から大量の物品を購入し化学工場を作り出して製造業を始め、様々な工作機械や消費財を秋津へ供給。海外からの輸入を不要にして国富の海外流出を食い止め、経済を国内で循環させる仕組みを作り出した。

 これらの巨大な産業を滞りなく動かし発展させるには岩菱以外にいなかった。

 そのため、岩菱を潰すことは政府にも出来なかった。そして、岩菱が国のために産業を時に膨大な借金を引き受けながらも興して、発展させ黒字にしたのは、豊久の手腕であり、彼以上の人物はいなかった。


「どうなされました、お爺様」


 話しかけてきたのは豊久の孫娘、寧音だった。

 寧音が生まれると両親がすぐに亡くなり、唯一残した一粒種のため豊久は寧音をことさら可愛がっていた。

 だから、長い時間一緒に居るため豊久の考えを寧音は理解していた。


「島津の成金が国政に出る」


 豊久が最近唯一目の敵にしているのが、自動車産業に入り込んできた島津だということを寧音は理解している。

 若いながらも新興財閥を立ち上げ、海外を精力的に回っている。

 時に岩菱に先手を打つこともある。

 自動車産業の時もそうだった。

 岩菱が車のライセンス生産の商談を行っていた時横からかっさらっていった。

 その時は後から巻き返して、他の自動車会社からライセンス生産を行った。

 しかし、腹が立ったのはその後だ。

 自動車を普及させるには皇国の道が悪すぎた。

 乗り心地が悪すぎて販売が低迷していたのだが、島津は自動二輪を発明し大量生産することで飛躍した。

 慌てて岩菱も参入したが特許料を盾に共同生産、販売を持ちかけてきた。

 これからは産業の時代であり技術開発とその保護が必要になる。

 皇国で出来たばかりの特許の概念を広めるためにも豊久は渋々、義彦と手を結んだ。

 しかし、それが罠だった。

 優秀な技術者を送り込んでエンジンをライセンス生産しようとしたが、島津が開発中の飛行機を見せられた技術者達は、転職してしまった。

 彼らは飛行機を完成させ、人類初の動力飛行を成功させた。

 かくして島津は時代の寵児として財閥の一角に躍り出てきた。

 その義彦が出てくるのが面白くない。


「お父様も貴族院の議員でしょう。それも陛下から指名された勅選議員です」


 寧音は父親を落ち着かせようとした。


「だが、民衆に支持がある」


 近年の諸外国を見ても民衆が力を付けている。

 産業革命により事務職員やサラリーマンなどの中産階級が生まれ購買力が高まり、勢力を拡大している。

 近年の普通選挙実施を認めさせたのを見る限り、勢いがあるのは確かだ。

 豊久もその勢いを見て、商売の相手を中産階級にしようとした。

 しかし、政商のイメージが付いた岩菱に対する彼らの視線は、自分たちを抑圧する政府と同類に見えており、嫌悪されている。

 そこへ颯爽と文字通り空から飛んできたのが島津義彦と飛行機だった。

 飛行機という未知の乗り物、人類が進出できなかった空という空間へ飛び出した島津を、これまで諸外国に遅れていた皇国が、諸外国に先んじて成功させた人類初の有人動力飛行を看板に出てくる。

 多少小金を持っているだけの民衆には華々しく見える英雄だろう。


「浮かれた民衆は支持するだろうな」


 吐き捨てるように豊久は言った。


「私の学校でも皆話しています」


 女学校初等部に通う寧音が言う。


「先日一時登校した昴さんが熱心に話していましたから」


「ふん、成金が入るとは世も末よ」


 皇都で一番の女学校である学習院女子、元は皇族や貴族の子弟に勉強を教えていたのだが、最近は力を付けてきた新興財閥や中産階級の子弟も入学している。


「……」


 寧音は黙ったままだった。

 数百年の歴史を誇る家柄の子弟に比べれば、自分も新参者、成金と同類と見なされている。

 皇国一の大財閥だが、彼らにしてみれば蔑みの対象だ。


「だが、ここまでだな」


「? どういうことでしょうか?」


「いきなり政党を作るなど愚かだ」


「何故でしょうか」


 豊久は寧音にあまり見せたことのない笑み、商売敵と対決する時の笑みを浮かべて言った。


「党首は皇国全国を回らなければならない。だが義彦の体は一つだ」

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