第14話 忠弥の夢

「何をする気ですか」


 振り下ろそうとしたとき、声を掛けてきたのは休憩室の扉の横で寝ていた昴だった。

 倒れた忠弥が心配でずっと看病していた。

 眠っているのを邪魔しないように休憩室の外で待機していたがいつの間にか寝落ちしていた。

 だが、忠弥が出てきた気配に気がついて目を覚ました。

 出てきた忠弥の横顔、憔悴して目が死んでいる顔を見て言葉が掛けられなかった。

 そして昴の存在に気がつかないほど、余裕のない精神で、フラフラと歩く姿へ何を言えば良いのだろうか。

 だが、さすがにハンマーを握って振り上げ、玉虫へ振り下ろそうとした時、昴は止めた。


「答えてください」


「……」


 昴に尋ねられても忠弥は答えられなかった。


「玉虫を壊したところでなんになるんですか」


「……先を越された……もう人類初じゃ無い」


「そうですね」


「他人事だね」


「そうですよ」


 昴はあっさりと認めた。


「他人が飛んだことなんて他人事です。私にとっても、貴方にとっても」


「……何?」


 昴の言葉に忠弥は眉を吊り上げた。


「ええ、人類初の動力有人飛行なんて、どうでも良いじゃないですか」


「どういう意味だよ。無意味だって言うのかよ」


 無気力だった目に怒りが燃え上がり始めた忠弥は反論した。


「ええ、あなたにとってはそうじゃないですか」


「馬鹿なことを言うな」


「バカを言って、行おうとしているのは貴方じゃないですか。たかが人類初の動力有人飛行を取られた程度で落ち込んで、自棄を起こして、これまでの成果を壊そうとするなんて、馬鹿としか言いようがありません」


「たかが、人類初の動力有人飛行?」


「ええ、たかがですよ」


 鬼気迫る表情の忠弥に、昴は涼しい顔をして答えた。


「自分の力で空を飛びたい。それが貴方にとっての夢でしょう。貴方自身が機体を作って空を飛ぶことが貴方の夢なのでしょう。だから他人が何をやろうと、どうでも良い事でしょう」


 昴の言葉に忠弥は、はっとした。

 昴はさらに言葉を叩き付ける。


「何処の誰が初になろうと、貴方は空を飛びたいんでしょう。自分で飛行機を作り上げて飛ぶためにお父様に会いに来たんでしょう。是が非でも飛びたいから食いついて、自動二輪を作り上げ、国中の技術者をかき集め、作り出した機体。なのに他人が空を飛んだからといって、空へ飛ぶ前に地上で貴方が落ち込んでどうするんですか!」


「……そうだな」


 昴の叩き付けるような言葉に、怒りを吹き飛ばされて冷静になった忠弥はハンマーを静かにおろし、床に置くと両手で頬を叩いた。


「半日も無駄にしてしまった。さあ、取り戻すぞ」


 忠弥は作業に戻っていった。

 自分の夢を忘れていた。

 人類初というのは、誰もやったことが無かっただけ。

 もしやっている人が居たなら忠弥は迷うこと無く、その人の元へ行き、空を飛ばさせて欲しいと頼み込んだだろう。

 空を飛んだ人がいなかったから自分で作り上げて空に飛ぼうと決めた。

 だがいつの間にか人類初という称号を求めるようになって仕舞っていた。

 空を飛ぶことを求める忠弥にとって、どうでも良い称号称号を奪われた程度で落ち込んでいる暇などない、許されることでは無かった。

 だから、忠弥は再び立ち上がり、作業に戻っていく。


「あ、昴」


「な、なんです」


 だが、その前に忠弥は昴に振り返って言った。


「ありがとう。君のお陰でやる気が出ました。君は未知を照らす光だ」


「と、当然よ。私は夜空に輝く七つ星の名が付いた昴なんですから」


「ああ、君こそ昴だ」


 そう言うと忠弥は今度こそ作業を再開した。

 布張りを確認し、部品の精度を見る。

 作業の手順を確認して誰にやらせるか考え始めた。

 既に忠弥は昴のことは眼中に無く、彼女が出て行ったことにも気が付かなかった。

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