第13話 自棄

「なっ」


 記事の文字を忠弥は何度も読み返す。


「し、新大陸で、有人飛行、成功……人類……初……」


 驚きで揺れる目で文字を追いながら忠弥は口にする。

 そして、混乱する脳に伝えるが、動揺する脳は混乱しっぱなしで全てを把握することが出来ない。

 鼓動は激しくなり、汗があふれ出る。

 目の前の視界がぐるぐると回り、目眩がする。

 耳鳴りも酷く、地上なのにまるで、きりもみ飛行を体験した時のような気分だ。

「お、落ち着け」

 忠弥は言葉に出して自分に言い聞かせる。

 そして、渡された記事をもう一度読み返した。


 新大陸にてメイフラワー合衆国科学協会会長のダーク氏、製作したフライングランナー号によって人類初の有人動力飛行に成功


「人類……初……有人……動力……飛行……」


 何度読んでも記事の内容は同じだった。


「そんな、なんで……」


 自分で空を飛ぶことを夢見てきてこれまでずっと過ごしてきた。

 空を飛びたかった、だが転生したのは飛行機の無い世界であり、飛ぶことはできない。

 ならば自分が最初に飛行機を作って飛び立ってやろう、と思った。

 誰も飛び立ったことのない空へ飛んでいくことが忠弥の夢であり、この世界で生きていく目標だった。

 そのために様々なことを行ってきた。

 いくつもの模型飛行機を作り、村の周辺を回って飛行機の実験に良い場所を探した。

 なんとか内燃機関を得られないかと思案し実験し、つてを見つけようとした。

 昴と偶然出会って、必死にアピールして島津と提携し、資金稼ぎに原付二輪を作り出した。

 技術者を見つけるために特許や提携を行った。

 勿論、成功だけではなく、失敗も数多くあった。

 だが、失敗しても忠弥は気にしなかった。

 失敗しても成功に至る道筋が着実に見えていたからだ。

 何度も失敗しても、成功に近づいている感触があり、むしろさらに情熱が燃え上がっていた。

 それらが、全て無意味になった。

 他の誰かが、有人動力飛行を成功させてしまった。

 これまでの努力が、時間が、全て無駄になって仕舞った。


「あああっっっっ」


 忠弥は叫んだ。

 自分の足下が、これまで作り上げてきた全てが崩れ去っていくような感覚となり、目の前が真っ暗になった。




「大丈夫! 忠弥!」


「あ、危なかった」


 突然崩れ落ちた忠弥を義彦が抱き留め、昴が駆け寄る。


「ショックで気絶しただけだ」


 息があるのを見て義彦は一安心する。


「兎に角、寝かせよう」


 格納庫に設けられた休憩所に連れて行き、畳の上に布団を敷いて寝かせる。


「何でこんなことに、たかが初飛行を奪われたくらいで」


「そうだね。でも、忠弥にとってはとても大事なことだったんだよ」


「大事?」


「ああ、誰もやったことのない、誰も到達したことのない領域に踏み込むのは凄くワクワクするからね。それを他の人に持って行かれたからショックなんだよ」


「そうなの」


「ああ、雪が降った時、真っ白で平らな雪原に最初の一歩を踏み入れるようなものだよ。凄くワクワクするだろう」


「そうですねお父様」


 雪が降った時の庭の景色を思い出して昴は納得した。

 真っ白で平らな雪原を見ただけで興奮し、駆け出して時間が経つのを忘れて走り回った。

 だが、愛犬が庭を駆け回った後を、足跡がそこら中にあるのを見ると気分が落ち込んだのを覚えている。


「でも、それぐらいで落ち込むのですか」


「情熱の入れ具合が違うからね。忠弥君はそれこそ、人生をかけて、全てを注ぎ込んで行ったんだよ。その分、ショックも大きいんだよ」


「はあ」


 珍しく人を気遣う父義彦を見て昴は、納得しなかったが受け入れた。


「兎に角、休ませてあげよう。問題なのは起きた時だね」


「起きた時ですか?」


「ああ、ショックが大きすぎて、何をするか分からない。自暴自棄にならなければよいんだけど」


「見張りますか?」


「あまり人が居ると休めない。部屋から離れて様子を見ておこう」


「はい」




「あっ」


 数時間後、忠弥は目を覚ました。

 何故、寝ているのか最初は分からなかったが、何が起きたのか徐々に記憶が戻ってきて、把握する。


「そうか、人類初の称号がなくなったんだな」


 そう呟いて忠弥は起き上がったが、目は虚ろで生気が無かった。

 枕元に置いてあった新聞を再び手に取り、記事を読む。

 何度読み返しても同じ文面、人類初の有人動力飛行の文字が書かれていた。


「……何だよ……」


 飛行するために作って来たのに目の前で先を越された。

 今までのが全て水の泡になった事に忠弥は絶望を抱いた。

 忠弥は新聞を手放し、立ち上がると靴も履かず、フラフラと休憩室を出て格納庫の中に出ていく。

 そして、目の前に玉虫、人類初の動力有人飛行を行うはずだった機体が目に入る。

 脇目も振らず作っていた試作機玉虫が無性に苛立たしくなる。

 これまでの人生の全てを捧げて作ってきて、あと一歩のところでかすめ取られてしまった。

 そのことが苛立たしい。

 精魂込めて作り上げてきた玉虫が、徒労の象徴として映り、忠弥を嘲笑っているように感じた。


「……」


 忠弥は無意識に近くに置いてあったハンマーを右手で拾って握りしめる。

 ゆっくりと試作機に近寄り、ハンマーを頭の上まで大きく振り上げた。

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