第15話 昴の気持ち
「ありがとう。彼は復活したようだね」
格納庫から出てきた昴に義彦は声を掛けた。
「お礼を言われるほどでもありませんわ。私は言いたいことを言ったまでです」
「私にはそれも出来なかったよ」
義彦は大会社である島津産業の社長として海千山千の人物達と幾度も交渉を繰り広げてきた。部下であってもやる気を引き出すために、あえて威圧せず寝技や変化球を使ってやる気を引き出してきた。
しかし、今回の相手はようやく十才を迎えた天才少年だ。普通なら斬り捨てているが、原付二輪で島津産業を大きく躍進させた原動力を失うわけにはいかない。
まして発展の恩人となれば尚更だ。
だが義彦には打開の解決策が無かった。
そのため、打開してくれるであろう人物、自分の娘に頭を下げて対応して貰った。
「御父様の願いとあれば、この昴は何でも行います。しかし、今回は御父様の頼みが無くてもやりましたわ」
「本当かい?」
「ええ、彼は島津産業発展の為の重要な人材です。ここで力を失うのは大きな損失ですわ」
「本当かい?」
「……」
義彦の言葉に昴は沈黙した。
このまま忠弥が落ち込んでいたら文句を言いに言ったのは事実だ。
だがその理由は島津産業の為ではなく自分の為だ。
誇り高い昴を踏み台にしてまで父親に接近し己の夢を実現しようとした忠弥が、外国人の行いで落ち込み自暴自棄になるなど許せなかった。
だから少し強い口調で言って発憤させたのだ。
「本当にそれだけなのかい?」
「……そうですわ」
父親の問いかけに生まれて初めて昴は父親に嘘を吐いてた。
「ふふ、そうか」
昴の嘘に気が付いた義彦はそう言って深く追求しなかった。
自分を利用して、のし上がりさらに高みに向かっていった昴の同世代は忠弥だけだ。
しかも出会って直ぐに高圧的な態度をとっていたが、それでもめげずに自分の力を出して実力を証明。
そして昴自身との約束を盾に父親に会いに行き取り入り、会社の中に。
夏の短い間に新商品を開発して島津産業の規模を倍以上に広げた。
普通の大人でもここまで大きな事は出来ない。
だからこそ昴は忠弥から目が離せない。
最前列の特等席で見ているのだから余計に気になる。
成長して多感になり始める時期にいきなり特大級のカウンターパンチを食らったようなものだ。
昴で無くても興味を持つだろう。
ただ、昴の場合それが恋なのか興味なのか義彦には分からない。
昴も忠弥も十歳になったばかりの子供だ。
最近の子供は発育が良いと言っても精神的に成長するのはまだまだこれからであり二人の行く末を楽しみにしている義彦だった。
「で、昴。忠弥と結婚する気はあるかい?」
楽しみを増やすために義彦は爆弾を投下した。
「なっ」
放った爆弾は昴の耳に見事命中、頭の中で爆発し昴の顔を真っ赤にして頭から湯気を上げた。
「な、何故、そのような、こ、事を」
「おや、忠弥君を意識しているのかい」
「そ、そんな分け、ありませんわ、あれは鍛冶屋の息子ですから」
指をぎこちなく動かしながら冷静になろうとする昴だが、上手く行っていないようだ。
「でも忠弥は我が島津産業の社員だ。今は原付二輪の特許保有者で私の顧問だが、来年の小学校卒業と同時に正式な社員になる。いや、今の功績を見る限り役員として入って貰った方が良いな」
「そ、それは買いかぶりでは」
「我が社の規模を大きくしてくれたんだ。そんな人材を最底辺の見習いから始めさせるなんて出来ないよ。実力を証明したからには、それ相応の地位を与えないと人は付いてこないよ。何より、私の会社を大きくしてくれた恩人だ。それぐらいしないと恩を返せない。見習いとして入れるなんて恩人に鞭を打つようなものだ。私は強欲だが、忘恩の徒では無い」
「将来の幹部候補、御父様の跡継ぎと言うわけですか」
「現状を見る限りね。忠弥が一番の位置にいる」
「ですが、本当に良いのでしょうか?」
「少なくとも他に候補は居ない。この国にも他の国にもね」
「他人に会社を渡しても御父様は良いのですか」
島津産業は義彦が一代で作り上げた会社だ。創業者として愛着が有るかと思った。
「まあ、私の会社だが、何時かは誰かが継ぐ必要があるだろう。その点、忠弥は次世代としては有望だ。しかし、困ったことに彼は私の物ではない」
「? どうしてでしょうか。忠弥は島津産業のお陰で飛行機が作れますし来年には社員、それも役員で入れるのでしょう?」
「それは今回の原付二輪の対価だ。彼と私は対等だよ」
「社長と役員候補がですか? 社長の御父様が偉いのでは?」
「私が社長でいられるのは社長の職務を全うしているからだ。忠弥に役員をして貰うのは役員に相応しいと私が思っているだけ。忠弥が拒んでしまったら役員にすることは出来ないよ」
「まさか」
「あり得るよ。何しろ忠弥のお陰で島津産業は大きくなった。この急成長は世界中で話題になるだろう。何しろ、原付二輪は良い商品だから世界中で売れるだろう。そして忠弥の名前も轟く。その時、世界は忠弥を求めるだろう。具体的に言えば島津産業ではない他の会社、いやライバル会社から」
「そ、そんな事が」
「世界のビジネスはシビアだよ。有能で実績のある人材は他社の役員であっても引き抜くよ。たとえ小学校に在学していても」
「……」
昴の顔が初めて青白くなった。
「もし引き留める事が出来るなら様々な手を使わないといけないな」
少しやり過ぎたかな、と義彦は思いながらも昴を思い通りの方向へ向けさせる。
「わ、分かりましたわ御父様。会社の為に忠弥をなんとしても引き留めるため、結婚も視野に昴は全力を尽くします」
「そこまでは言っていないよ」
「いいえ、どのような手を使っても御父様は仰りました。娘として御父様のために昴は忠弥を全力で引き留めます」
そう言って昴は回れ右をして格納庫に戻っていった。
「忠弥、お腹減っていない?」
「ああ、頼みます。遅れた分、徹夜して取り返したいので」
「分かったわ。夜食を用意します」
「上手く行きそうだな」
自分の放った爆弾が思った以上に効果を上げていることに義彦は満足した。
忠弥が昴に振り向くかどうかは賭に近いが、いずれにしろ二人の間の距離が縮まるのは宜しい。
凹んでいた忠弥を復活させた昴が隣にいてくれるだけでも十分だったが、事は上手い方向へ進んでいる。
ただ、昴は今まで料理をしたことが無いので、どんな夜食が出てくるか義彦はそれが唯一の不安だった。
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