第10話 共同生産

 会場内は驚きに包まれた。

 島津は自動二輪を開発した会社だが、他社に自動二輪を製造されて利益が減っている。

 事実上、招待された会社――自動二輪の海賊版を売っていた商売敵の筈なのに、島津は協力して欲しいと、むしろ更に生産して欲しい、と言ってきたのだ。

 その驚きが収まる前に義彦は畳み掛ける。


「貴社が、原付二輪の模倣品を販売していることは知っています。しかし、その性能は本当に素晴らしい事も知っています。そこで契約して下さった社には我が社の原付二輪のノウハウを伝授し、指定された寸法の製品を作って貰い、生産数に応じてライセンス料を支払って貰う限り、一切口出ししません。訴えることもありません」


 製品一つ当たり、対価を支払えば生産して良い。

 訴訟を起こさないと言っている。

 確かに割の良い話だった。

 しかし話はそこで終わらなかった。


「むしろ性能の良い部品に関しては我々が購入します。是非とも購入させていただく事をお願いします。我々は間もなく工場を稼働させますが、部品供給が足りず、十全な運用が出来る見込みがありません。あなた方が作る良質な部品を是非とも供給して下さい。相応の対価を支払います」


 品質が良ければ一部のパーツをそのまま、多少修正する必要があるが、自動二輪の開発元であり最大シェアを誇る島津に大量購入して貰えるのは商売の好機だった。

 しかし一部の会社の人間は渋い顔をしている。

 部品に自信があるが、大量生産できる設備も人でも、それを購入、雇用できる資産がない。みすみすチャンスを見逃す事になる苦しい状況だった。

 だが、島津は彼らにも救いの手を差し伸べた。


「我々が購入したい部品の製造のためのお金が足りないのなら、我が島津の銀行が貴社に融資を行います。勿論、返済は我々島津が貴社から部品を購入するための契約金と購入費用で支払えるようにいたします。その他、製造機械の製造、輸入に関しても我が島津が支援させて頂きます」


 事業拡大のネックになる資金援助と技術、機械の援助を島津は表明した。

 少なくとも部品が島津に採用されても供給できないという事態は避けられた。

 それどころか事業を拡大できるチャンスが広がっている。

 腕に自信のある会社や、野心的な会社は目を輝かせた。


「また完成した原付二輪を島津と同様に販売して頂けるなら代理店として、適正な手数料をお支払いいたします」


 いずれ出てくるであろう島津製の原付二輪を手に入れ、自社の顧客に販売できるあてが出来た。

 もし、島津に原付二輪で顧客を取られたら、他の商品のシェアも失われる可能性が有る。

 事実上、島津の傘下に入るが、これまでの顧客を失わずに済むのは、彼等には魅力的だった。


「皆さん。是非とも我が島津にご協力を願いたい」


 義彦は丁寧にお辞儀をすると、会場内は熱狂的な賛同の声で埋め尽くされた。

 拒否すれば、特許違反で莫大な違約金と制裁金、和解金を支払う事になり会社は倒産。

 賛同すれば、ライセンス料を払うことになるが自社で原付二輪を作って売れるし、性能の良い部品なら買い取って貰える。島津の参加に入るが、島津の原付二輪を手に入れられ、手数料も入る。

 これだけのメリットを見せつけられては、賛同しない理由が無かった。

 そのまま各社は島津と契約し、合意した。

 直後に隣接するブースへ移動し契約記念の大宴会が催された。国内外の名物珍味名酒が取りそろえられ、皇都一の技芸団のパフォーマンスが行われるなど盛大な宴となり、後の世まで語り草となった。




「これでいいのかな?」


 宴会が終わった後、ホテルの一室に戻った義彦は忠弥に尋ねた。


「はい、これで必要な物、なにより人が手に入りました」


 忠弥が満面の笑みを描いたのも無理は無い。

 飛行機作りに必要な物、高精度の部品と優秀な技術者が手に入ったのだ。

 模型飛行機はともかく実機となると専門技術を持った技術者が必要だ。

 鍛冶屋の息子では、人材のあては少なく、大きな会社の島津といえども人数に限りはあり、飛行機製作に回しきれない。

 いや、そもそも新興国である皇国全土で技術者が足りない。

 発展途上で科学技術が向上し製造業が急速に拡大しているため技術者の需要はうなぎ登りの上、技術者の教育機関は少ない。

 在野の職人でさえ、各企業から引く手あまただ。

 そこで、ライセンス生産の打ち合わせで訪れる技術者の中からこれぞと思える技術者を見つけ出そうというのだ。

 性能の良い模倣品を生み出せる会社なら優秀な技術者を抱えている。

 彼等をノウハウの伝授、或いは部品の製造供給を名目に島津に呼び集め、あわよくば飛行機製作に参加させようというのだ。


「良かった。君への約束を果たせる」


 義彦としても新興ゆえに販売網が貧弱な自分の会社の販売網を販売委託という手段で広げられており、そこから生み出される利益は計り知れない。

 忠弥には十分以上に役目を果たして貰った。

 約束を果たしてくれたからには、自分も約束を果たさねばならないと、義彦は強く思い、忠弥に言った。


「早速、飛行機作りを始め給え。君の夢を叶えるんだ」


「はい!」

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