第11話 風洞実験

 皇国が秋に入り始める頃、忠弥は飛行機作りに入った。

 原付二輪の生産数はうなぎ登りになり、今や皇国中で使われている。忠弥の村でも走るようになり、ポンポンポンと音を立てて走るのが日常になりつつある。

 島津産業に大量の資金が流れこんだことで開発資金は問題なし。技術者も確保した。

 原付二輪の仕事で来ている彼らだが、それでも専門や能力を知ることは出来る。あとは正式な仕事として発注すれば良いだけだ。

 それに彼等も飛行機製作と知って技術者の魂に火が付き、喜んで協力してくれた。

 早速、忠弥は風洞を作って実機の模型を作って機体構造の設計を行う。

 恒常的な風を作る空間を確保するためには大規模な風洞が必要で建設するための資金も機械も無かった。

 だが今は金と人と土地がある。

 忠弥の家の近くに飛行機製作用の工場が突貫工事で作られた。忠弥は完成前から作業を開始し、実機製作に向けて乗り出す。


「本当に飛ばせるんですか」


 忠弥が飛行機の試作機を作っていると半信半疑の昴が尋ねてきた。


「飛ばせるよ」


 忠弥自信たっぷりに断言する。


「一度も飛んだことが無いのに良くそんな事を言えますね」


 自身を持って言う忠弥を見て昴は半ば呆れる。


「これまで実機を作るために何度も模型飛行機を作ったからね」


 昴と出会う前から飛行機を作ろうと決めた時から忠弥は模型飛行機を作り始めていた。

 これまでの成果を実機に叩き付けるのだ。


「でも、模型と人が乗るのでは大きさも構造も違うのでしょう」


「そうですよ」


「そんな、堂々と……」


 昴の意見を肯定した忠弥に昴は呆れた。


「……まさか、ぶっつけ本番で確認するのですか?」


「まさか」


 笑って忠弥は否定した。


「そんな事ありませんよ。地上で確かめます」


「空を飛んでいる状態を地上でどうやって確かめるんですか」


 地上と空では全く違うことは、空を飛んだことの無い昴にも容易に分かる。


「グライダー? のように滑空させるのですか?」


 忠弥と知り合ってから昴は多少なりとも空と航空機の事について勉強した。

 現在のところ、空を飛んでいるのは気球とグライダーぐらいだ。

 作っている飛行機はグライダーに近く、それにエンジンを取り付けたような形だ。

 一番近い形だろう


「円錐状の山を作ってそこから飛ばすのですか? そんな場所ありませんよ」


 どの方向から風から吹いても大丈夫なように高さ十数メートルの小高い丘を作った航空技術者もいる。グライダーはそれくらい面倒なのだ。


「いやいや、そんな事しませんよ。第一、機体に乗っていたら翼の気流を見ることが出来ません」


「? 乗っていたら見えるのでは?」


「いや、操縦席では無く、機体の横から見るのです」


「……空を飛べる能力があるのなら何で飛行機なんて作るんですか?」


 忠弥の言葉に昴は混乱していた。


「いや、空を飛ばして確かめるのでは無く、地上で同じような状況を作れる装置を作ったんですよ」


 そう言って忠弥は昴に風洞での実験を見せた。

 すでに試作機が装置の前に設置されていた。


「もうすでに作って完成させていたんですか」


「ええ、風洞実験用の試作機ですよ」


「じゃあ、あれは?」


「実際に外で滑空実験するための機体です」


「……なんで同じ機体をいくつも作るんですか?」


「実際に作って実験して問題点を見つけて、改善してよりよい機体を作っていくのが航空機の開発手順なんです」


 実際の飛行機も生産される前に、何機もの試作機を作って、その都度問題点を見つけて検証し改善して次の試作機で改善されたか確かめるのだ。


「はじめに風洞実験で機体を作って期待した数値が出るか確かめるために作り上げたんです」


 実機制作を開始すると忠弥は早速、風洞を建設した。

 巨大な空気の取り入れ口から整流板を通じて、ガラスが嵌め込まれた実験区画を通り、風を発生させるプロペラを配置してある。

 二一世紀の航空産業でも使われている

 プロペラが実験用模型の後ろにあるのは、プロペラによって発生する乱気流を防ぐためである。

 そして模型飛行機の前には線条に煙を出す発煙装置を設けて気流の流れを観測できるようにしておいた。


「じゃあ、一寸作動させましょう」


 忠弥は、後方のプロペラを動かし始めた。

 気流が発生し、飛行機の翼の布と至る所に付けられた毛糸が僅かに揺れる。


「……よく分かりませんね」


 実験を見ていた昴は言った。

 空気は無色透明で見えないため、何も変わっていないように見える。


「失礼、ではこうしましょう」


 忠弥は、ボタンを押してある装置を作動させた。飛行機の前方に設けられた穴から白い煙が出て、筋となって機体に流れていく。

 煙の動きによって気流を可視化できるようにするための装置だった。

 出てきた白い煙は一直線に伸びていくが機体の近くで緩やかに曲がる。

 幾筋もの白煙が単調な直線から飛行機の前で綺麗なカーブに変わる姿が、飛行機を彩る装飾のようで、美しい。


「うわあ」


 その姿に昴は感嘆の声を上げた。


「これだけじゃありませんよ」


 忠弥は装置を使って機体の傾きを変更し少し機首を上げる。

 翼端下面にぶつかっていた気流が、上面に向かって流れ込み後方に渦を作っている。

 綺麗にいくつも出来る螺旋に昴は視線が釘付けになる。


「凄いでしょう。これを見つけるために、作ったんです」


 忠弥が自慢げに言うほど、風洞は重要だった。

 翼の形もこの風洞の実験によって決める。

 大きさ、厚さ、形状。何処に翼が最も厚い部分を作るか、先端の形状は尖った方が良いのか、後端の形状は萎んだ方が良いのか。

 そもそも製造した翼が気流を捕らえるのか、気流が剥離しないか検証する必要があった。

 翼だけでは無く、エンジンも重要だった。

 車用の一二馬力エンジンを流用していたが、重量に対して十分な馬力が出ておらず、軽量化が必要だった。

 そのための改良と実験を行っていた。

 そうした実験は非常に地味なものだが忠弥は徹底的に行った。

 確実に夢の、自分で空を飛ぶという夢に向かって一歩一歩進んでいるという実感があったからだ。

  

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