第9話 提携への招待状

 夏の暑い最中、皇都の一画にある皇国ホテルに大勢の人々が集まっていた。

 海外から諸分野を受け容れる際、外国人との交渉場所、接遇所を兼ねた大型ホテルを、という皇国上層部の考えによって作られたのが皇国一の格式と規模を誇る皇国ホテルだ。

 赤煉瓦の重厚な建物は皇国の建築様式と海外の建築様式が一体となった建築上の傑作であり、長く皇国民に親しまれるシンボルであり、末永く残る建物だ。

 そのホテルの宴会場に多くの人々が集まっていた。

 全て島津産業が招待した客である。

 数日前に皇国のある共通点がある会社に送り出した。

 全て自動二輪を販売していた会社である。

 今日皇国ホテルで自動二輪に関して重要な提携の話があるので出席して欲しい、と書いてあった。

 もっとも当人達は受け取った招待状を、字面の通り受け取っておらず、真逆の脅迫状であると考えていた。

 その前日まで島津産業は、事故を起こした原付二輪の販売会社を自社の特許および商標の侵害として裁判所に訴えを起こしていた。

 特許庁も抱き込んだ裁判は確実に島津を勝利に導くだろう。多くの人々はそう思っていた。

 もともと特許については皇国では曖昧だった。人の優れた部分は真似をして良い製品を広めることが重要という認識だった。

 もし生産数が少ない以前の時代だったら、それは許されていた。

 幾ら作っても求める人の数に足りない状態であり、大勢の職人が毎日作るしかなかった。誰かが技術を独占しても人々に行き渡らず世の中に貢献できないため、一部の嗜好品を除いて技術を囲い込むことはしなかった。

 寧ろ日用品を大量に作るために教えることは奨励され膨大な需要を満たすための少ない供給を支える役割を果たしていた。

 しかし工業化の時代となり大量生産できる時代になると変わった。

 一人当たりの生産数が少ないのを大量の職人達が補っていた時代は終わり、機械化によって生産機械が一日で職人一〇〇人以上の生産を行えるようになった。

 莫大な供給を生み出し、需要を満たした。そして、一寸したアイディアを乗せた商品を短い間に世に送り出すことが出来るようになった。しかし、そのアイディアを作り出すのに莫大な時間と予算が必要になっていた。この状況にとってこれまでの習慣は悪い方向へ働いた。

 ある会社が莫大な時間と予算をつぎ込んでオリジナル商品を作っても他社に真似されてしまう。しかもオリジナルは開発費が上乗せされているため価格が高い。他社の模倣品は開発費が無いためオリジナルより安価であり、性能が同じなら消費者は安い方を買ってしまう。

 そのため、商品開発を行っても他社に真似されてしまうので開発費が無駄になる。技術開発は無駄、他社の模倣をすれば良いという風潮を生み出した。

 結果、皇国は他国より最新技術の取得および開発が遅れがちになっていった。

 これを是正しようとアイディアを保護する特許制度が生み出された。

 当たるか分からない技術開発を行い、開発すればそのアイディアは守られる。

 使用するにはその会社へライセンス料が必要となり、そこから開発費をまかなえるよう保護することが法律で認められる。

 これで開発費を確保し、当たれば利益を得られる、他社に横取りされずに済む上体を作り出した。

 島津はその波に乗ってきた。

 皇国政府も自国の技術開発力保護のために全面的に支援に回っている。

 この状況故に模倣品を作った会社に勝ち目は無かった。

 更に、裁判で訴えられた会社は島津の後援を受けた消費者保護団体によって事故による損害賠償請求を求められている。

 こちらも確実に消費者保護団体が勝利するだろう。

 訴えられた企業は多額の賠償金を支払う事となり、事実上倒産が決定的になっている。

 今、宴会場に脅迫されて、いや招待されて訪れている会社は全て原付二輪を自社で島津に無断で勝手に製造販売している会社だ。

 出来合いの島津に比べて良い商品を送り出しているという自負はあるが、特許と商標を取られているため、島津が訴えてきたら不味い。

 幸い技術力が高く、事故を起こしていないため、損害賠償請求は少なく出来る。

 だが、特許と商標権の侵害で和解金を大量に支払うことを求められる、と思っており、執行前の死刑囚のような心境を招待者達は抱いていた。


「お待たせしました」


 死刑執行人と目された島津義彦が入室したとき、出席者の目に恐怖と畏怖と怒りをもって迎えられたのはそういった事情だった。


「皆様方に頼みたいことがあります」


 義彦の予想より明るい口調に参加者は、驚きと戸惑いを覚えた。


「我々は原付二輪を開発することに成功しました。しかし、莫大な需要に対して供給が追いついていません」


 大量生産が出来る時代になったが、そのスタートアップは時間が掛かる。

 島津は原付二輪の大量生産ラインを作り始めた段階であり、稼働にはまだ少々、時間が掛かる。


「しかし、原付二輪を待つお客様を待たせるためにはいきません。お客様が望んでいる商品をお届けできないのは実業家として申し訳ないことです」


 売り出したいときだが手元に商品が無い。

 義彦の言葉を参加者達は正確に翻訳した。

 商品を売り出すタイミングは、需要が大きいとき、消費者の購買意欲が大きいときに売った方が、利益が大きい。商品が供給できず品薄になると、購入を諦める消費者が出てくる。それは遺失損益であり、商品さえあれば手にできたはずの利益だ。

 得られたかも知れない利益。商売に関わる人間、特に一流ほど遺失利益の存在に気が付きやすく、悔やんで眠れぬ夜を幾度も過ごすことになる。

 義彦も参加者も実体験があるだけに義彦の言葉には共感している。


「そこで我が島津産業は貴方方にお願いしたい。原付二輪の生産販売をあなた方に委託したいのです」

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