第6話 島津昴
「何なのよ! あの田舎者は!」
忠弥が出て行ってからようやく我に返った昴は地団駄踏んで悔しがった。
「私を物のついで扱いして!」
大会社の社長令嬢ということで昴に寄ってくる男子が多く皇都ではちやほやされて育ってきた。
だが全員があわよくば婿入りして会社を乗っ取ろう、あるいはおこぼれに預かろうとする輩だった。
そして利用しようとする連中もいた。
しかし、あそこまで明確に自分を、昴を利用、否踏み台にして父親に取り入ったのは忠弥が初めてだった。
特に自分と年齢が同じか幼いくらいの田舎の小せがれが、皇都生まれ皇都育ちの自分を。
そして目的を達すると昴のことは目もくれず、あまつさえ、常識人ぶって結婚を明確に否定した。
結婚したいわけでは無いが、あそこまで露骨に否定されると昴は腹が立った。
「はっはっはっは! 昴はあの子にご熱心のようだね」
「そ、そのような事はありませんわ御父様」
怒りのあまり父親の前である事を忘れて暴れてしまった。
声を掛けられてようやく我に返り、昴は取り繕うとする。父親の前では良い娘を演じているのだ。
だが義彦は既に見ていたし、一人娘の性格や行動は全て承知しており、今の行動を見ても娘への視線は変わらなかった。
「しかし、宜しいのですか? あのような田舎者を会社に入社させて」
「構わないよ。車のエンジンを彼、忠弥は自力で直したのだろう」
「ええ、それは本当です」
「このような田舎で、碌にエンジンを触ったことも無いハズなのに、修理できたのはそれだけで大した人間だ。放って置く事なんて出来ないね。飛行機のことが無くても彼を入社させるつもりだったよ」
内燃機関が発達していないこの皇国ではエンジンに触れる機会は少ない。そのためエンジンを扱える技術者は少ない。エンジンを直せるどころか扱える人間は喉から手が出るほど欲しい。
「しかし、本当に飛行機を作らせる、子供の誇大妄想を実現させると」
「誇大妄想かどうかは本人の実力次第だ。私の自動車事業もこの国では始める前は夢物語だと言われたよ」
外国で自動車を見た義彦は将来性があると着目し、自動車の輸入生産事業を始めた。
牛馬の代用品としか見られず売れないと馬鹿にされていたが、華族や金持ちを招いたパーティーで車を披露し、実物を見せつけた。
そして興味を持って買った客にタップリとガソリンをサービスし、さらに特典として週に一度の洗車サービスを付けて皇都を走り回らせた。
初めこそ騒音が酷い、危ないという声が出てきたが、皇都中を走るピカピカの自動車を見てカッコいいと思う人は増えていった。
皇都で行われる幾つものパーティー、祝宴、行事で招待客が馬車で訪れる中、颯爽と車が駆け抜けるのは印象深い。
やがて島津産業へ車の注文が入ってきて売り始めた。
皇都内を綺麗な車を走らせ人々にうらやましがらせ話題を提供する義彦の作戦は成功した。
洗車サービスを付けたのは、常に綺麗な車を皇都の住人に見せつけ、所有者のライバル達が嫉妬心から購入意欲を高める。
こうして車は売れるようになったが忠弥の指摘通り、比較的道路がまともな皇都でも揺れが酷くて、碌に乗れない。
皇都故に金持ちが多く、購入可能な客は多いが、地方では少ない。
売り込みを掛けようにも道が悪すぎて乗ったときの印象が悪い。
売れるのは精々が好事家くらいだ。
八方塞がりになったとき、現れたのが忠弥だった。
「寧ろ彼をここに連れてきたことを昴には感謝しているよ。君は私の天使だ」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、宜しくないな。軽々しく何でも言う事を聞くとか言ってしまっては。もしとんでもない提案だったら、それでも叶えなくてはならないんだよ。今回は無事だったけど、自分が叶えることの出来ない約束は今後絶対にしないこと」
「も、申し訳ありません」
昴は素直に父親に頭を下げた。
「さて、指導が終わったところで改めて聞きたい。昴、彼、忠弥の事をどう思っている」
「え……」
父親に尋ねられて昴は言葉に詰まった。
田舎の同い年の少年なのに異常なほどの頭の良さ。田舎の学校とは言え、二年も飛び級している。
しかもその努力は自分の描いた夢のために使っている。
自分が出会った同年代の子供達は実家の自慢をすることはあっても自分の能力を誇示することは無い。遊びで気まぐれに力を出すことはあっても、自分の願望の為に全てをつぎ込んでる同世代などいない。
まして尊敬の念さえ抱く。
同時に嫉妬も沸いてきた。
これまで島津の娘という事でもてはやされてきたのに、昴を無視、いや踏み台のように扱ってきた。
多少なりとも自分の美貌に自信があり、財力で手に入れた服や宝石を身につけて使いこなし、美貌を引き立てている。
そのため、少し勉強が疎かになっているが、ちやほやされるのが隙なので気にしなかった。
根っこは負けず嫌いで努力家な昴であり、その磨き上げた美しさに目を向けず、あっさりと自分の父親の力に目を向け歩み寄り、自分の夢を語って協力させた忠弥の手腕を認めない訳にはいかなかった。
そしてそれを支える忠弥の能力。内燃機関に詳しく、エンジンを直す実力を持っていては超人と言っても過言ではない。
「……素晴らしい人材と思いますわ。皇都の同年代の子供でも忠弥ほどの能力を持つ子供はいないでしょう」
「そうだね。で、昴はどうしたい?」
「どうしたいとは?」
「このまま結婚したいとか思わないのかい?」
「なっ」
父親からの突然の提案に昴は驚いた。
「わ、私は御父様のお陰で生まれ生きて来ました。その御父様の恩をお返ししようと、また島津家の家名にドロを塗らぬよう、釣り合いの取れた、あるいは更に格上の家から迎えると思っております。幾ら才能があるとはいえ田舎の鍛冶屋の息子を迎えるのはいかがなものかと」
十才にしてここまで考えている昴も性格はあれだが、非常に頭が良かった。
自分の置かれた立場と果たすべき役割をしっかりと弁えている。勉学が疎かなのは、美貌を磨くための内容がないからに過ぎず、昴の中で優先順位が低いからだ。
一方で、忠弥は自分の夢に向かって猛進しつつ学業も修めている。
夢の実現に向けて勉強していることが学校でも通用しているだけの事だったが、昴には素晴らしく思えた。
「……島津の役に立てるのであれば、引き留めるために行く覚悟です」
「ははは、ありがとう」
義彦は苦笑いを浮かべながら娘に感謝した。
妻が亡くなってから、夫の傍らで支える妻を見ていた昴は自分が父親を支えるという思いが強かった。
商売のために、そして後学のために昴を財界のパーティーなどに連れて行ったが、必要以上に大人びることを強要してしまったようだ。
そのためストレスが溜まり、身内に対しては我が儘になっている。
外面は良いが、段々と化けの皮が剥がれている事に義彦は危機感を抱いていた。
そこへ来たのが忠弥だった。
同い年でありながら飛び級し、自分の夢に向かってひたすら前進している。
本来活発的な昴が憧れるのも無理は無い。自分で歩き、進んでいくのに、父を支えるという目的を果たすために自ら足枷をはめて動けずにいる。
昴に良い影響を与えるためにも忠弥を手元に置こうと義彦は決めていた。
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