第5話 忠弥の提案

「……どういう事だね」


 自分の言葉、事実上の命令を拒絶された義彦は忠弥を睨んだ。


「まさか成果を上げていないのに飛行機を作らせろと言うのかね」


「いいえ、車をバンバン作っても売れません」


「……どういう意味だ?」


 忠弥の意見に興味を持った義彦は尋ねた。


「この国では車が売れそうにないからです」


「新大陸で作られた最新型の自動車だぞ」


「それでも売れません」


「その根拠は?」


「この国の道が悪すぎるからです」


「……ふむ、続け給え」


「はい、この国の道は悪いです。狭くて穴だらけで大八車でさえ難儀します。そんな道を車で走れば酷い振動です。いや狭すぎて車が通ることさえ出来ません。ましてこんな田舎では走れません。皇都なら話は別でしょうが、全国の道が皇都のように整っているとは限りません」


 忠弥の意見を義彦は認めた。現状の認識に多少の誤り、皇都でさえ整った道が少ないという点を除けば忠弥の分析は正しい。


「そんな道、いや通れる道すら無いのに車を買おうとする人など趣味で買う人間しかいません。その時点で余程の金持ち以外には売れません。そして貧しい我が国では買う人は少ない、いえ買える人さえ少ないので売れません。売れもしない商品を作っても無駄になるだけです」


「その通りだ」


 自動車事業に着目し真っ先に進出した義彦だったが、一番の悩みどころが忠弥の指摘したこの国の道の悪さだ。

 何処へ行こうにも穴だらけで狭い。

 急斜面に無理に通された道も多く、路肩が崩落したり土砂崩れが起きる可能性がある。

 二一世紀で言えば酷道、険道認定される道だ。

 港からこの別荘に来るにも大きく回り道をしなければ成らないし、路面が悪いので走ると酷く揺れる。

 何とか車を売った先は皇都の華族や金持ちが殆どで彼等以外にはあまり売れていない。

 田舎の金持ち農家が見栄を張って買ってくれる事を期待して持ち込んだが、道が酷すぎて自分たちが難儀する有様だ。

 自動車販売のショースペースとして金を掛けて建てたこの別荘もここに来るまでの道の悪さのために役に立っていない。

 そもそも車の性能が低すぎて、バネが堅すぎたり、ショックアブソーバーがなく振動が吸収されにくく、ずっと揺れてしまっている。


「では、君はどうしようというのかね?」


 義彦は忠弥に尋ねた。


「これです」


 忠弥は近くにあった紙を貰うとその上に図面を描き始めた。


「……自転車じゃないか」


 出来上がった図面を見て義彦は落胆する。


「こんなもの何処にでもある」


「はい、二輪車なので狭い道でも使えますし、重い荷物も運べます」


「そうだな。だが他の会社でも売っていて旨味が無い」


「そこで我々はこの自転車にエンジンを取り付けます」


「自動車のエンジンなど積み込めないよ」


「勿論です。ですから自転車に合わせて小さなエンジンを。一気筒の小型のエンジンを取り付けます」


 忠弥は図面上の自転車のフレーム、椅子の下辺りに小さなエンジンを書き足した。


「エンジンをフレームに取り付けて動かせるようにして、円盤をタイヤと接触したり離したり出来るようにします。進むときはエンジンを動かし円盤をタイヤに押し付けて回します。止まるときはエンジン本体を動かして円盤からタイヤを離すことで止まります。これだけなら簡単にできます。少なくとも自動車を作るより簡単です」


 二〇世紀の世界で広がった原付二輪だ。日本では特に製作が容易で使いやすいこともあり、爆発的に広まった。それをこの世界でも作ろうと考えていた。


「ふむ」


 忠弥の提案に義彦は考え込んだ。


「他にスロットルとエンジンを上下させるレバー、燃料タンクとホースが必要ですが、他は自転車の部品を使えば事足ります。直ぐにでも作れるでしょう」


「確かにこれなら簡単だな。」


 確かに良い案だと言えた。

 自転車なら島津産業で作っているし、エンジンは自動車のラインの一部を転換すれば簡単だ。車の四気筒に比べれば一気筒など玩具に近い。馬力もそれほど大きな物でなくて良いのだから小型化も出来る。


「早速作らせるとしよう。エンジンの設計に時間が掛かりそうだが」


「エンジンの設計図なら出来ています」


「なに?」


「実は小型のエンジンを作ろうとして設計して作っていた事があります。壊れた自転車のフレームの無事な部分を使って作った物です。実家の規模では大量生産できず、二、三個だけ試しに作っただけの代物ですが、実際に動きます。後は大量生産しやすいように設計を変更して作れば直ぐに商品化出来ます」


「……はっはっはっは!」


 義彦は大声で笑い出した。


「それは素晴らしい。早速作るとしよう。それでそのエンジンの設計図と実物は何時くれるんだ」


「直ぐにでも持ってきます」


「直ぐに持ってき給え。会社が業績を上げるためにも、君の夢を早く叶えるためにもな」


「はい、では今すぐに」


「乗ってきた車を使い給え。揺れは酷いが君の脚より速いだろう」


「ありがとうございます。それと頼んでおきたいことが」


「何だね」


 忠弥は一つの提案を義彦に伝えた。


「宜しい、手配しておこう。さあ行き給え」


 忠弥は直ぐさま出て行こうとした。


「まっ、お待ち下さい!」


 ただ義彦の肩に座っていた昴が引き留めた。


「どうしました?」


 父親の肩から下ろされた昴は忠弥に歩み寄り怖ず怖ずと尋ねた。


「あ、あの、約束は?」


「ああ、今ので果たされましたよ。約束を守ってくれてありがとうございます」


「……え?」


 昴は間抜けな声を出して呆気に取られた。


「……で、でも普通は色々と私に求めるものでは?」


「だから貴方のお父さんに会わせて欲しいと頼みこうして合わせてくれました。約束はキチンと果たしてくれましたから、これ以上は求めません」


「そ、それは、私と……け、結婚の許しを得る為じゃ……」


「いや、さっきも言った通りおとうさんの会社に入れてもらう為です。こうして果たして貰ったのですからこれ以上は望みません。それに貴方と結婚だなんて。車を直した程度で、結婚を迫るなんて非常識なこと求めませんよ。貴方にとっても大切な人生の決断なんですから、こんな事で強要するつもりはありません」


 忠弥はキッパリと断言した。

 昴はそのことに唖然として動けなくなった。そのため忠弥は話は終わったと思い、居間を後にして、試作エンジンの実物を持ってくるべく居間を後にした。

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