第4話 島津義彦
自動車が直った数分後、忠弥は車の後部座席に、昴の隣に座っていた。
「君のお父さんに会わせて」
エンジンを直したら何でも言うことを聞く、という約束で忠弥が求めた事を果たすために昴の父親がいる別荘に向かうためだ。
忠弥に言われた瞬間、昴は驚いて理解できなかったが、ある事に思い当たると顔を真っ赤に染め上げた。
「で、でも」
初めは嫌がったが忠弥は引かなかった。
「約束を守って欲しいんだけど。それとも昴は約束を守れないの? 不利になったら、田舎者との約束は反故にする卑怯者なの?」
「うっ」
そこまで言われたら誇り高い昴も拒絶できず、忠弥を別荘に案内するために車の中に乗せた。
「どうしましょう。こんな田舎者が御父様に会いたいなんて。求める事なんてただ一つに決まっています。どうしましょう。私はエリートである島津の娘としてこれまで生きて来ました。島津家の家は大金持ちで沢山の事業を行っている大会社。私の相手は華族か外国の貴族、或いはそれらに比肩する大企業の相手との筈。なのにこの田舎者と一緒に成らないのでしょうか。戯れに行った口約束のために。いえ口約束とはいえ守らなければ私は卑怯者となり家名を汚すことになります。そのためには約束を守らなければ。何であんな約束をしてしまったのでしょう」
座ってからブツブツと昴は小声で呟いていたが、直ぐに静かになった。
車が動き出したためだ。
発進と同時に酷い揺れが起きる。
二一世紀の車と違ってサスペンションは堅く、ショックアブソーバーはない。
そのため、車内はよく揺れる。
しかも道路は舗装されていない悪路であちこち穴がある上に石も多い。
途中で向かっている場所が海岸だと忠弥は気が付いたが、山の方に向かっている。
道を間違えたのでは無く、海岸に出るための最短経路の道が細く、車が通れないので山側を大回りして向かわなければならない。
そのため余計な回り道をして、別荘に到着する事になった。
「着いたわよ」
道中の揺れで消耗した昴はサッサと下りる。普段なら別荘のことを自慢しそうだがそれだけ消耗していた。
昴が自慢するだけあって建てられた別荘はかやぶき屋根の農民の家とは全く違う、純白の洋館で各所にガラスを使った綺麗な建物。付属した庭も綺麗で芝生まである。門から邸宅まで専用の道路があり、わざわざ道をくねらせて長くして建物や庭を見せつけている。
島津の財力を見せつける別荘である事は間違いなかった。
「付いてきなさい」
ようやく自動車でのダメージから回復した昴は忠弥を連れて自分の父親の元に向かう。
「昴か、ようやく着いたか。港を出たという電話があってから少し遅かったな」
通された居間に現れたのは恰幅の良い髭を生やした男性だった。
島津産業社長島津義彦。昴の父親であり、実業家だ。
「御父様」
昴は父親の元へ駆け寄る。
義彦は昴を笑顔で迎え、寄ってきた昴を両手で抱え上げ、肩に座らせた。
「申し訳ありません御父様。途中で車が故障してしまって」
「何だと、あれは家の車だぞ」
「はい、しかし、ここに連れて参りました殿方が修理してくれて無事にたどり着くことが出来ました」
「何、修理しただと」
昴の話を聞いて父親は一瞬驚いたが、直ぐさま忠弥に目を向ける。
眼光鋭い目から厳しい視線が忠弥に降り注ぐ。巨大な会社を率いる社長であり人物を見る目はある。その鑑定眼に忠弥は見られていた。
「礼を言おう。謝礼はいずれ正式に送ろう」
「ありがとうございます。その前に」
「何だね?」
忠弥の言葉に義彦の眉が吊り上がる。
「実は御父様、直すとき私がこちらの二宮忠弥と約束をしまして、直せたら何でも聞いて上げると」
「何?」
義彦の眉が更に吊り上がる。
「それで二宮忠弥の願いが御父様に会いたいという事でして」
怯えながらも昴は話の内容を義彦に伝えた。
「ふむ、私に会いたいということは何か言いたいことがあるのだろう?」
義彦は鋭い眼光を忠弥に向けながら尋ねた。忠弥という人物を見定めようとその一挙手一投足を全て捕らえようと視線を向けていた。
「はい」
忠弥は一呼吸置いてから大声で頼み込んだ。
「世界初の動力飛行機を飛ばしたいので、協力して下さい。そのためにこの会社で働かせて下さい」
「……はあ?」
唐突な提案に義彦は眼を点にした。
「……どういう事だ」
「私はずっと昔から空を飛びたいと願っていました。しかし、世界には空を飛べる飛行機がありません。だから自分で飛行機を作ろうと頑張って来ました。ですが、飛行機を作るにはどうしても高性能な軽量のガソリンエンジンが必要です。しかし、この農村ではガソリンエンジンなど手に入りませんし製造なんてとても出来ません。ですからライセンス生産で車を製造している島津産業に入れて下さい。エンジンの開発技術を使いたいので会社で働く代わりに会社の機械を使わせて下さい。そして飛行機を作らせて下さい」
「飛行機を作ってどうするんだ」
「飛ばします」
「飛ばしてどうするんだ」
「私の目的は飛ばすだけです。ですが飛行機が飛ぶことによって世界中を短時間で結ぶことが出来ます。最初は一〇〇メートルも飛ばないでしょうが、徐々に遠くまで飛ぶようになり、世界を一周してもまだ飛べる飛行機さえ出来るようになるでしょう」
「そんな物があってどうなると言うのだ」
「世界中へ行きやすくなります。例え目的地の前に高い山があろうと広い海があろうと飛行機は飛び越え、迂回すること無く最短距離で向かうことが出来ます。いずれ車よりも船よりも速く進む事が出来ます」
「早く移動できることが素晴らしいのかね」
「その通りです。だからこそ自動車をライセンス生産したのでしょう。歩きよりも馬よりも速く長時間走れる自動車を。何より時間の短縮が出来ます。時間がどれほど貴重なものか社長なら知っているはずです」
時間は有限であり誰にでも平等だ。その活用の仕方によって天と地ほどの差が生まれる。
もし忠弥の言うとおり飛行機が出来るなら移動時間は短縮される。そのことに意義を見いだす人間は大勢いる。
彼等にそれを、高速の移動手段を提供すればそれだけで商品価値が生まれる。
非常に素晴らしい計画だと義彦は思った。
「は、は、は、大胆な事を考えるんだね君は。そんな事は他人にとっては誇大妄想だろう」
「私は本気です。世界で最初に空を飛んだ人間になってみせます」
豪快に笑う義彦に忠弥は冷静に返した。
「だろうね。世界初の飛行機を作った会社というのも悪くない。世界の歴史に名を残すという偉業を成し遂げられそうだ」
「では」
「君を島津産業の社員として迎え入れよう。ただ飛行機を作るのは業績を上げてからだ。君は車に詳しそうだから、車をバンバン作って売ると良い」
「……それは無理です」
義彦の言葉を、自分の夢を叶えると確約した人の言葉を忠弥は明確に否定した。
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