第7話 原付二輪

「凄く売れているよ忠弥君」


 昴と出会ってから一ヶ月後、義彦は笑顔で忠弥に報告した。

 出会った、その日のうちに試作したエンジンと原付二輪の設計図を持ってきた忠弥の提案を義彦は島津産業社長として正式に認めた。

 ただ入れ込みようが凄かった。

 忠弥がまだ小学校に通っている事を考慮して、生産工場をこの大東島の忠弥の農村の近くに建設してしまった。

 これには忠弥も驚いたが、義彦にも打算があってのことだ。

 近年産業の発展により、技術者のみならず工員の需要が増えている。特に人が集まり工場が多く建てられている皇都では顕著で、工員の給料はうなぎ登りだ。

 そこで安く人を雇える田舎に工場を建てることを考えていた。

 幸い、生産するのが自動車では無く、自動二輪だったために輸送が比較的簡単という事情もあって、義彦は直ぐに建設した。

 木の骨組みにトタンという非常に簡単で安上がりで小さな建物だったが工場を僅か一週間という短期間であっという間に建設してしまった。

 そして皇都から販売低迷で休止していた自動車生産のラインの一部を移転して設置。

 同時に大量生産に向いたエンジンへの設計変更を行い、生産性と安全性、整備性を高めたエンジンを開発。

 一気筒という事もあり簡単に試作機を製造し耐久試験を経て、小型エンジンと自転車の生産、その両者を組み立てて原付を作る工場を稼働させた。

 原付二輪にかかりきりになり飛行実験を行えていないが、原付二輪の事業が成功して利益を出せば実機を作り出せるため、忠弥は無我夢中で原付二輪開発に邁進して極めて短期間で世に送り出した。

 結論から言って、原付二輪はあっという間に売れた。

 既存の自転車と変わらないが、漕がずに進めるという点が非常に評価されて多くの人が求めた。

 忠弥の予想通り、田舎の悪路も狭い道も自動二輪なら大きな石を避けつつもスイスイと簡単に進めた。

 悪路でも足という人間のサスペンションのお陰で四輪より快適に走ることが出来ることが良かった。

 最初は大東島だけの販売だったが、販売開始半月後には皇都への輸送と販売も行われ、初回分は三日で完売という大盛況だった。

 販売促進のため忠弥の提案で新聞に写真付きで広告を掲載したことを割り引いても、高い人気だった。

 道の良い皇都でさえ島津の原付二輪が大評判となり、原付二輪の名は秋津皇国の全土へ広がり注文が各地から殺到。

 販売に対して生産数が追いつかず、原付二輪用の専用生産ラインを設けて大量生産することが早々に決まり、新たな機械の買い付けと作業員の指導、新工場の建設に忠弥は全力を尽くしている。

 そんな中、忠弥は義彦に呼び出されたのだ。


「ありがとうございます」


 忠弥は頭を下げた。

 義彦が提案を聞いてくれなければ、原付二輪は生まれなかっただろうし、資金も出来なかった。


「いやいや、君のアイディアが優れていたんだよ。お陰で島津の売り上げと評判はうなぎ登りだ。原付二輪本体の値段を非常に安く抑えたのが良かったらしい。原付二輪からの利益を少なめにしたお陰で、人々は買いやすくなった。そして消耗品である燃料の売買で利益を得るという方法は非常に良いよ」


 原付二輪の価格は製造費と経費が賄えるレベルで利益は殆ど無い。

 利益を出しているのは燃料であるガソリンだった。本体を買っても燃料が無ければ動かない。そのため人々は沢山の燃料を買い、結果として島津産業に多大な利益をもたらす。


「他の燃料会社にガソリンを買いに行かれる心配もあったが、君の会員スタンプカード、購入双六で一定量を購入すると賞品が手に入る仕組みが好評だ」


 忠弥が提案したアイディアに二一世紀にもあったスタンプカードを導入していた。

 ガソリンが高いと売れれば売れるほど利益が入るが、大口の顧客は割高感が増えて他の店に行ってしまう。そこでリッターごとに購入した分、スタンプを押して一定数購入すると、食品や旅行などのプレゼントが貰えるようにしておいた。


「ええ、選択制にしたのも良いでしょう」

「ああ、他の部門にも新規顧客獲得が出来て嬉しいと言っているよ」


 忠弥は更に改良してプレゼントを選択制にした。

 例えばある回のプレゼントは缶詰、調理道具、お菓子、お米一斗の中から一つ選べるという形にしてある。

 この中で好きなものを選ばせるものだ。

 賞品は島津産業の各部門が取り扱っている商品だが、それを選んだ顧客に類似品の販売攻勢を掛けるという寸法だ。プレゼント賞品が欲しいのなら同じような賞品を欲しがっている確率は高い。上手く行けば新規顧客になる。

 島津産業が各分野に進出し巨大なコングロマリッドを形成している点を利用した方法だった。

 これにより、原付二輪だけで無く島津産業全体を底上げすることに成功した。

 より大きいのは会員、個人情報を得たことである。プレゼントを受け取る時に付けた記録はリストに乗る。それはそのまま大口顧客のリストになり、次の賞品を進める際の資料となり、購入先リストになる。

 二一世紀の日本なら個人情報保護法で違反になりそうだが、秋津皇国にそのような法律は無く、寧ろ国の産業が未発達のため島津産業の発展は歓迎されており、スタンプカードは好評だ。個人情報活用のメリットしか見えていないため、規制する動きは無かった。

 なので義彦が喜んでいるところを見ると、将来実機を作るれる事は確実では無いかと考えた。


「だが問題がある」

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